「清濁併せ呑む」という言葉、どういう意味かご存じですか? 実は、リーダーシップや人の上に立つ人物像を表現するのにぴったりな言葉なんですよ。善も悪も分け隔てなく受け入れるその深い意味を理解すれば、リーダーとしての資質や人間関係にどのように生かせるかが見えてくるでしょう。
本記事では、「清濁併せ呑む」の意味や使い方、間違えがちな「清濁併せ持つ」との違いについて解説します。
「清濁併せ呑む」とは善悪の区別なく受け入れること
まずは、辞書の意味から確認していきましょう。
【清濁併せ呑む:せいだくあわせのむ】
心が広く、善でも悪でも分け隔てなく受け入れる。度量の大きいことのたとえ。
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用
清濁併せ呑むの読み方は「せいだくあわせのむ」です。器が大きく、善悪関係なく受け入れることのたとえとして使われます。
正しいものやいいもの、綺麗なものだけを受け入れるのではなく、悪とされるものも公平に受け入れる、度量の大きさを表します。会話や文章の中で使えると、さりげなく知性を感じさせることができるかもしれません。
「清濁併せ呑む」を使う際には誤用に注意
清濁併せ呑むを「善悪の両方を併せ持っている」という意味で使うのは間違いです。誤解に気づかずに使用することのないよう、注意したいですね。ここからは誤用されがちな「清濁併せ持つ」と、「酸いも甘いも噛み分ける」との違いを解説します。
「清濁併せ持つ」ではない
「清濁併せ呑む」は、「清濁併せ持つ」という意味では使いません。最後の二文字が異なるだけですが、両者の意味は大きく異なります。
清濁併せ持つとは、その人物が善と悪の面を両方持っていることを意味します。それに対して、清濁併せ呑むとは善悪の区別なく公平に受け入れるという意味ですので、まったく違う言葉になります。誤用しないように注意しましょう。