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LIFESTYLE雑学

2022.07.16

【二の足を踏む】の正しい意味は?由来は?



「二の足を踏む」とは、そのまま進むこと、実行することができずためらうことを意味する言葉です。最初の一歩は進むものの、その次に足を踏み出すことをためらう様子から生まれました。今回は「二の足を踏む」という言葉の意味や由来、使い方を詳しく解説します。

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「二の足を踏む」とは思い切れずためらうこと

「二の足を踏む」とは、思い切れずにためらうことを意味する言葉です。何かをしたいと思っているけれど、実行することを躊躇し、尻込みをしてしまうさまをあらわします。日常の会話でもビジネスシーンでも使う機会が多い言葉の1つといえるでしょう。

二の足を踏む

さっそく、「二の足を踏む」の意味が辞書にはどのように記載されているかを確認してみましょう。

【二の足を踏む:にのあしをふむ】一歩目は進みながら、二歩目はためらって足踏みする。思い切れずに迷う。ためらう。しりごみする。「正札を見て―・む」

(引用〈小学館 デジタル大辞泉〉より)

「二の足」は二歩目の足の意味

「二の足を踏む」の「二の足」は、歩き出すときの二歩目のことです。実行したい、進めたいという気持ちから勢いよく一歩目を踏み出したものの、その次に足を前に踏み出すことができない様子をあらわしています。

二歩目の足を宙に浮かせたまま、前に出せない状況と捉えていただければよいでしょう。「二の脚」でも間違いではないようですが、一般的に「二の足」と書きます。

「二の足」は刀を腰から吊るす金具の名前という説も

「二の足」は二歩目の足のほか、日本刀を腰に吊るすための金具の名前に由来するという説もあるようです。腰に日本刀を吊るす道具である「帯執(おびとり)」の、刀につける金具2つのうち、「鞘口(さやぐち)」から遠いほうを「二の足」と呼びます。「鞘口」とは、刀をしまう鞘(さや)の、刀身を入れる口のことです。

そのため、侍が鞘から刀を抜くことをためらったことから「二の足を踏む」という言葉が生まれたという説もあります。

「二の舞を踏む」は誤用

「二の足を踏む」と「二の舞を演じる」という言葉を混同し、「二の舞を踏む」と誤用してしまうケースが見受けられます。間違いないように注意しましょう。

「二の舞を演じる」とは、前の人のミスを自分も繰り返してしまうことを意味する言葉です。前の人が失敗するのを見ているのにも関わらず、自分も同じようなミスをしてしまうことをあらわしています。「あの人の二の舞になってしまう」などと言うことがありますが、この場合の二の舞は、二の舞を演じるという言葉を略したものです。

【例文付き】「二の足を踏む」の使い方

「二の足を踏む」は一度はやろうと思ったものの、そのことに関する不安がよぎり、そのまま続けることをためらっている様子をあらわす言葉です。例文をご紹介しますので、参考にしてみてください。

二の足を踏む

【例文】
・ずっと欲しかった時計だが、値段を考えるとやはり【二の足を踏んで】しまう
・おひとりさまで焼肉を食べに行きたいと思うものの、いざとなると【二の足を踏む】
そんなことで【二の足を踏んで】いないで、さっさと始めるべきだ

「二の足を踏む」の類語・対義語

「二の足を踏む」には、同じような意味の類語、反対の意味をもつ対義語がそれぞれいくつかあります。「二の足を踏む」という言葉とあわせて、類語や対義語を確認することでさらに理解を深めることができるでしょう。

二の足を踏む

ここでは類語として「しり込みをする」「優柔不断」、対義語として「決断」「思い切る」の意味や使い方をご紹介します。

類語は「しり込みをする」「優柔不断」

「しり込みをする」とは、おじけて後ずさること、また気後れしてぐずぐずとためらうことを意味する言葉です。文字どおり、お尻が後ろに引けてしまう様子をあらわします。「失敗することを恐れてしり込みをする」というように使います。

「優柔不断」は、潔く決断ができずぐずぐずしていることやその様子をあらわす言葉です。「優柔不断な発言」という使い方をします。

いずれも思い切れずにためらう「二の足を踏む」と似たような意味であるといえるでしょう。

対義語は「決断」「思い切る」

「決断」とは、意志をはっきりと決定することを指す言葉です。「決断を迫られる」などと使います。

「思い切る」は、決心する、覚悟するという意味です。「決断」も「思い切る」も、きっぱりと決めるというニュアンスがあるため、思い切ることができずぐずぐずとためらうことを意味する「二の足を踏む」とは対照的な意味の対義語とされる言葉です。

「足」や「二」が含まれる慣用句

「二の足を踏む」に含まれる「足」や「二」が使われる言葉は、ほかにもあります。ここからは「足」が含まれる「足が棒になる」「浮足立つ」、「二」を使った「瓜二つ」「天は二物を与えず」について、それぞれの意味や使い方について解説していきます。「二の足を踏む」と一緒にこれらの言葉を理解することで、さらなる語彙力の向上を目指しましょう。

二の足を踏む

【足を使った慣用句1】足が棒になる(あしがぼうになる)

「足」が含まれる関連語である「足が棒になる」とは、長く立っていたり歩いたりしたために、疲れて足の筋肉がこわばる様子をあらわす言葉です。

足の感覚がなくなり、まるで棒のように感じる状態を表現しています。「山道を歩き続けたせいで、足が棒のようになってしまった」というように使います。同じような意味の「足を擂り粉木(すりこぎ)にする」も覚えておきましょう。

【足を使った慣用句2】浮足立つ(うきあしだつ)

「足」の字が用いられる「浮足立つ」は、不安や期待によって落ち着かないことという意味の言葉です。不安を感じて逃げ腰になるという意味もあります。

嬉しくて浮かれる様子に使うのは誤用です。その場合は「浮足立つ」ではなく「浮き立つ」が正解です。「初出社に浮足立ってしまい、さっそくミスをしてしまった」というように使います。

【瓜を使った慣用句1】瓜二つ(うりふたつ)

「瓜二つ」は「うりふたつ」と読み、瓜を2つに割ったときにその2つはとてもよく似ていることから、親子や兄弟などの顔かたちが非常に似ていることをたとえた言葉です。

本来は物同士が似ていることに対して瓜二つであるというのは誤りですが、現在では人の顔かたち以外にも使っているケースもしばしば見受けられます。「彼女は姉と瓜二つだ」などと使います。

【瓜を使った慣用句2】天は二物を与えず(てんはにぶつをあたえず)

「天は二物を与えず」とは、天は人にいくつもの才能を与えてはくれないという意味のことです。そこから、どんなに優秀な人でも不得意なことがあるというニュアンスでも使われます。「天は二物を与えずという通り、彼は勉強は得意だがスポーツはまるで駄目だ」というように使います。

一方、「与えず」という否定形ではなく「与えた」と使うことで、才能に恵まれた人がさらに別の分野でも秀でていることを「天は二物を与えた」と表現することも抑えておきましょう。

まとめ

「二の足を踏む」とは、思い切れずにためらうことをあらわす言葉です。一歩目は出せたのに、不安や心配が勝ってしまい、二歩目以降を踏み出すことができない状態を指します。

二の足を踏む

「二の舞を演じる」という言葉と混同しやすいですが、「二の舞を演じる」は前の人のミスを自分も繰り返してしまうことを意味するもので、まったく別物であるため注意しましょう。

「二の足を踏む」の類語には「しり込みをする」「優柔不断」、対義語には「決断」「思い切る」などがあります。「二の足を踏む」の意味や由来を理解して、適切に使いましょう。

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