書籍PRという仕事について心がけていること
「子供の頃から、とにかく本を読む子だった」という奥村さん。同居している祖父と祖母、姉と妹の7人家族で全員が1日1冊は本を読むという読書好きな一家。初めて貪り読んだ本は、当時人気だった集英社のコバルト文庫の新井素子さんの「星へ行く船」シリーズ。それが彼女が「本を読むのって楽しいな」と感じた読書体験の原点となっている。
—そんな生粋の本好きが、ひょんなことから書籍PRという、本をTVやラジオや雑誌に売り込んで、メディアで紹介してもらうという職業に就く。「好きを仕事に」と聞くと楽しそうに聞こえるけれど、好きだけでは務まらないのが仕事。奥村さん自身、何も知識がないまま29歳のときに飛び込んだ「書籍PR」の仕事で心がけていることがいくつかある。
安易に「できない」と言わない
「例えば飲食店でサラダにドレッシングはかけないで別のお皿に添えてほしいとお願いして、即答で『できません』と断られたらどう感じるでしょうか。繁忙期ならともかく、気持ちよく応じてくれたら『またこの店に来よう』と思いますよね。仕事も同じで、難しいオーダーが来たとしても、できる限り『できません』とは言わないようにしています。代わりに『今こういう状態なので●●はできないけど、こういうことならできますよ』と、自分のできることを提案する。これがお互いの信頼関係を築くことにもつながると思います」
ナンパとPRは一緒!?断られても折れない心が大切
「本のPRはナンパと似ているかもしれません(笑)。共通しているのは、(1)とにかくコミュニケーションが重要だということ。そして、(2)いろんな会社=女性に声をかけても『断られて当然』という気持ちが必要なことです。〝たくさんの書籍が世に出ている中、なぜこの本なのか〟と聞かれたときに、説得力のあるアピールをできなければならないし、相手=売り込みたい媒体と作品の相性が合うかどうかというのが決め手になってきます。まずはチャンスを掴むために声をかけまくる。そこで断られて心が折れているようでは、PRの仕事は務まりません。
また、相手先の媒体は、明らかに自分のところの媒体を読んだり観たりしていない営業に売り込みをされても心に響かないはずです。ですから売り込みたい先のラジオやTV番組や雑誌をチェックしておくのは基本中の基本。そして(3)売り込みたい商品をよく見せようと、がんばりすぎたり相手におもねったりしてはうまくいかないのも恋愛と一緒。——そうやっていっぱい断られた末に、あるとき相手とのタイミングが合って『面白いですね、この本のパブリシティをうちでやりましょう』とOKをもらえたときの嬉しさといったら!これこそがPR業の醍醐味といえます」
「巻き込み力」で当事者意識を伝染させる
「今まで売れた書籍を振り返ってみると、共通しているのは売る側のチームワークが取れていたということ。92万部売り上げた『おやすみ、ロジャー』のときは、発売前から出版社の営業さんが書店さんに作品の素晴らしさについて発話しておいてくれたので、書店さんがTwitterなどのSNSで拡散してくださり、それがさざ波のように広がって爆発的ヒットとなりました。
チームワークを作るには、まず、自分が今何に困っていてどんな協力が必要なのかを相手に相談する。そうすると相手も他人事ではなく、〝自分ごと〟として捉えてくれます。これが『巻き込み力』の秘訣。編集も営業も、別のベクトルを持った人たちではあるけれど、そもそも仕事ではひとつのチームの仲間ですよね。相談して『それは私の仕事じゃないから』と突き放す人は居ないはずです。彼らを巻き込んで、〝PR活動〟というベクトルの方を向いてもらう。みんなが同じゴールを目指すようになったとき、初めてチームワークを発揮できるのです」
(写真について)雑誌や新聞、ラジオやTVなど幅広いメディアで担当書籍を紹介してもらうのが奥村さんの仕事。前編で紹介した、読書の楽しさを広める「本しゃべりすと」としてもメディアの取材を受けることが多い。いちばん手前の記事は、Domaniで「本しゃべりすと」として、おすすめの長編小説を紹介したときのもの。
PRの必須能力は「雑談力」!
奥村さんの営業スタイルとして〝最初のコンタクトは電話で〟というものがある。「というのも、私がパブリシティをお願いする相手は、ほとんどがすでに何度かお仕事でご一緒したことがある方たち。ですから、いきなり営業の話から入るということはしません。今お話して大丈夫か確認してから、近況などを話したあと、本に関する話題を振ります。以前、認知症の本を担当したときには、『最近物忘れがひどくて』と話して、『実は私も』と先方がおっしゃったら、あらかじめリサーチしておいた最新の認知症関連のネタを披露しつつ、『実は今担当している書籍の著者が『あれ、なんだっけ?』は認知症の危険なサインだと書いてらっしゃるんです。この本には、どうしたらボケを予防できるかが詳しく書いてあるんですよ』と本題に入る。これで掴みはOKです」
こうしたコミュニケーションを可能にするのは、日頃の雑談力。電話の声のトーンで向こうの興味の度合いを測るのももちろんだけれど、営業トークだけでなく、相手が既婚者なのか子供はいるのか、どんな本や映画が好きなのか。雑談の中から得た相手の情報によって、相手が興味を持ってくれそうなアプローチ法を探るようにしている。
「それには書籍に関するだけでなく、あらゆる分野の知識が必要。それによって、雑談の中から『だったらこの書籍とこれをつなげてPRするのはどうだろう』という発想も生まれます。人と話すことで面白い情報も入ってくるし、チャンスの数も増える。ですから私の場合は、仕事になるかならないかはあまり考えずに、どんどんコミュニケーションを取るようにしています」
どんな仕事もコミュニケーションから生まれる。これがPR業の鉄則なのだ。
安心して失敗すればいい
今では敏腕PRと評判の奥村さんにも、数々の失敗はある。だけど「失敗はどんどんした方がいい」というのが持論。
「1回くらいの失敗では誰も責めない。失敗しても誠心誠意謝り二度と繰り返さないと決め、いかにリカバリーに努めるかというのが重要。そうすれば、その失敗は経験として身になっていきます。それに、失敗したからこそ、自分が超えられなかったハードルの高さを把握して、自分に足りない知識や能力を補う努力や工夫ができるようになることもあると思っています」
——27歳で突然の夫の出奔、それに続く、専業主婦からの再就職。そこから好きな書籍をPRするという天職を手に入れ、現在は再婚し、愛するご主人と2匹の愛猫と暮らしている。過去に一度挫折を味わった奥村さんが強く思うことは、「結果オーライの神様はいる」ということ。
「どんなにどん底にいるときでも、自分がやるべきことを一生懸命やっていれば、見てくれている人は必ずいる。私も今までの人生でしんどいと思うことはたくさんありましたが、今振り返ると、そんな経験が今につながっているし、どうにもならないことなんて、結局何もなかった。だから、〝結果オーライの神様〟っているんだなあ、と。もし今しんどい思いをしている方がいたら、その先には必ず人の縁や優しさが待っているということを信じて欲しいなと思います」
以前はネガティブ思考だったという奥村さん。
「でもね、車の運転でも、『あそこにガードレールがあるから擦らないようにしなきゃ』って意識すればするほど、不思議と車がそっちに行ってしまって擦ってしまうようなところがありますよね。だからいつからか、不安材料はなるべく意識しないようにして、〝あそこにガードレールがあるな〟と認識しておくくらいの方がいいなと思うようになったんです。
私のいる出版業界も、不況だと言われていますが、本が売れていないのは前からわかっていること。それならば、読者不在を嘆くよりも〝じゃあどうすれば本が売れるのか?〟と明るい方を向いて、『本を読むとこんな楽しいことがあるんですよ』と、そのワクワク感をみんなに伝えて行った方がいいと思うんです。映画や音楽はスイッチを入れれば勝手に流れるけれど、読書は自分で読み進めないと終わらない、ある意味能動的な作業。でもだからこそ、一冊の面白い本を読み終えたときに得られる爽快感はとても大きいですよね。ひとりでも多くの人に、そんな読書体験を与えることができたらこんなに嬉しいことはない。それが私の、書籍PRの仕事の最大のモチベーションとなっています」
(写真について)最近引っ越したばかりの自宅の螺旋階段で、愛猫のペトちゃんと。
一冊一冊の感動を届ける、「書籍PR」という仕事とは? 書店、出版社、メディア、読者をつなぐ「巻き込み仕事術」から、転んでもタダで起きない「結果オーライの神様」を味方につける生き方まで。フリーランスの書籍PRとして数々のベストセラー書籍を手がけて来た奥村さんの、今の時代に物を売るノウハウが詰まった一冊。著:奥村知花 1,400円(税別) PHP刊
撮影/目黒智子 取材・文/さかいもゆる
さかいもゆる/出版社勤務を経て、フリーランスライターに転身。——と思ったらアラフォーでバツイチになり、意図せず、ある意味全方位フリーダムなステイタスになる。女性誌を中心に、海外セレブ情報からファッションまで幅広いジャンルを手掛ける。著書に「やせたければお尻を鍛えなさい」(講談社刊)。講談社mi-mollet「セレブ胸キュン通信」で連載中。withオンラインの恋愛コラム「教えて!バツイチ先生」ではアラサーの婚活女子たちからの共感を得ている。