黒い陶器に沢山の野菜が盛られている。人参や玉ねぎ、大根などが、まるで生け花のように高く立体的に盛りつけられている。
ところが、さらに「このオルトラーノというタイトル、野菜を作る人っていう意味なのよ。一体なぜそんなタイトルになったと思う?」と問いかけると、子どもたちは途端に腕組みをしたり、頭を抱えたりして考え始めます。うちの教室には制限時間がありませんから、長い子だと1時間近く考え続ける子もいます。
だけど、そのうち絵を手に持って、いろんな方向から眺めだす子が出てくるんですね。すると、すぐに気づきます。逆さにしてみると、農夫の顔が描かれていることに。そうすると、その子はこんな作文の続きを書き始めるんです。
この絵のタイトルがオルトラーノである理由は、この絵を上下反転させるとすぐにわかります。逆さまに見ると、数々の野菜で描かれた農夫の顔が見えてくるのです。黒い器は農夫のぼうしです。アルチンボルドが逆さまにこんな絵を描いたのは、何事も別の角度から考えてみることが大切だということを、絵を見る人に気づかせるためだったと思います。
一つの名画が客観的な視点を授けてくれる
視点を変える絵画観察トレーニングを重ねることで、子どもたちは、主観を離れ、さまざまな視点から世界を見つめなければ真実は見えてこないと気づき始めます。大人のお説教よりも雄弁に、一枚の名画が子どもたちに「視野を広げる」ことの大切さを教えてくれるのです。
多面的視点を獲得すると、その子の思考のスケールは大きく広がります。世の中の争いごと一つをとっても、どちらが悪で、どちらが善と、単純には決めつけない深い思考力を持つ子に育ちます。
誰にもそれぞれの正義があり、言い分がある。自分のものの見方だけに固執すると争いが起き、ついには戦争にまで発展する可能性だってあるんだ、と理解するようになるのです。
平和な世界を築くためにも、子どもたちにはあらゆる事象をよく観察し、相手の立場に立って考えられる多面的なものの見方を身につけてもらいたいですね。
国語力を高めることの目的は、まさにそこにあるのではないでしょうか。偏差値アップや入試合格といった目先のことのみに捉われず、10年後、20年後の子どもたちの人生をより幸せなものにするために、言葉と思考を豊かに育む国語教育を与えてあげてほしいと切に願います。
イデア国語教室主宰
久松 由理
イデア国語教室主宰。テレビ高知報道記者、ディレクターを経て、制作会社に勤務。放送作家として多数のプレゼンテーション、番組制作を手がける。 2010年、高知県高知市に「読書と作文」を個人指導する教室を開き、開成中、久留米大学附設中、神戸女学院中、ラ・サール中など名だたる難関校に続々と合格者を輩出。 2021年度入試では、国立大学医学部総合型選抜で合格率100%。慶應義塾大学AO入試の合格率も開室以来100%と驚異の合格率を誇る。6人分の机しかない小さな教室から、この2年間で、全国テスト国語1位を3名輩出している。2022年春、東京・三田に新教室開設。
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