マナーはカタチにとらわれすぎないこと
個人の生徒さんへのプライベートレッスンや企業のマナーコンサルティングを行うと、決まって席次やお茶の出し方などの細かい作法を聞かれます。
シーンごとにこういうときにはどうすればいいのか、を知りたい気持ちはわかりますが、あまり細かい型にこだわりすぎると一緒にいる人たちは疲れ、面倒な人だと思われる可能性もあります。
そもそもマナーは、双方、みんなで幸せに、プラスになるために存在するもの。そのためには、「カタチ」や「一般常識」に執着、固執しすぎないことも大切なのです。
私は、マナーとは、「気遣い」ではなく「気くばり」だと思っています。
「気遣い」は、気をつかうことですから、どこかに無理が生じて、疲れやストレスをともなうことがありますが、「気くばり」は、自身の気持ちを自ら相手にくばることですから、そこに無理やストレスはともないません。だからこそ、人はそのふるまいに美しさを感じるわけです。
ですから、基本のマナーをベースとしつつも、その場その場で臨機応変に対応できる “ワンランク上の美しい気くばり”を目指したいもの。
「でも、その臨機応変が難しいんだよ」とお思いでしょうか?
臨機応変にふるまうためには、何と言っても、まずは、どうすれば相手にとって心地よい状況を作ることができるのか、と考えます。そして、そうすることで、自分も含めた双方が幸せになる結果を出すこと。そのためには、マナーのカタチだけではなくその成り立ちや意味を知り、理解することが大切です。そうすれば、そのマナーを踏まえて、場面に適したアレンジを加えることが可能になります。
では、具体的なシーンを挙げて“最低限おさえておきたいふるまい”と“ワンランク上のふるまい”の例をそれぞれご紹介しましょう。
椅子は右左どちらから座る?
<椅子に座るとき・立つとき>
●最低限おさえておきたいふるまい
左から椅子の前に立ち、頭頂から腰をまっすぐにして、腰から座る。立つときも同様の姿勢で、左から出る。
●ワンランク上のふるまい
「右から失礼いたします」などのひと言を添えて、左からの出入りに執着せず、臨機応変にふるまう。
椅子はもともと西洋からきた文化です。椅子の出入りは左からといわれているのは、戦の絶えない時代、自分の身を守るために、剣を左腰に差していたため、椅子の右から座ろうとすると剣が邪魔になりスムーズに座ることができません。そこで、左から入ればスムーズに座れるというところから、このようなスタイルになりました。
また、晩餐会などの横長のテーブルでは、男女が交互に座ります。このとき、男性は自分の右隣の女性をエスコートするのがエチケット。左側からの出入りは、右にいるエスコートする女性よりも遠い側から出入りするという配慮にもつながりますね。
上座と下座で迷いがちな席次のマナー
このように、フォーマルな場所ではそのルールに則るのがマナーですが、日常生活の中では、教科書どおりのシーンばかりではありませんよね。
品のある方は、つねに周囲の人たちを最優先に考え、その場をスムーズに、心地よい空間にする立ち居ふるまいをします。「右から失礼いたします」などのひと言があれば、相手がマナーをご存じの方であれば、「この人はあえてこのような行動をしているのだな」とわかっていただけるでしょう。
席次を優先?景色を優先?
<席次の考え方>
●最低限おさえておきたいふるまい
出入口から最も遠い席を最上位席とし、出入口から最も近い席を最下位席とする。
●ワンランク上のふるまい
出入口からの遠い・近いに関係なく、お客様にとって最も心地よい席を最上位席とする。
一般的には、出入口から遠い席が上座、近い席が下座です。
和室の場合は、床の間の前が最上位席となります。お客様が2名の場合、床の間から見て左が1番上、その右隣が2番目となります。3名の場合は、床の間から見て、真ん中が最上位席となり、2番目は右、3番目は左隣となります。
ところが、出入口に近い場所に床の間をしつらえた和室もあります。これは「下座床(げざどこ)」といわれており、出入口から遠い場所にも近い場所にも、両方に床の間を造ることにより、上下関係をなくす、上下関係なくお座りいただくという配慮からなる造りです。
洋室の場合は、下座の席からのほうが美しい景色をご覧いただけるなどの造りであれば、お客様のご要望を伺い、お好きな席にお座りいただくことがベストと言えます。体調などの問題で、出入口から近いほうを好む方もいらっしゃいます。
基本の席次を理解したうえで、相手や状況に応じて臨機応変にふるまえる人が、愛される人となります。
贈り物は時期にとらわれなくてOK
<贈り物をするとき>
●最低限おさえておきたいふるまい
季節のあいさつなのか、誕生日プレゼントなのかなど、用途や目的に応じて、相手が喜ぶものを選んで贈る。
●ワンランク上のふるまい
しきたり、慣習、行事などにとらわれることなく、そのときの状況や気持ちで贈る。
贈り物には、お祝いやお詫びなど、さまざまな用途や目的がありますね。
最も大切なことは、儀礼的な贈り物ではなく、真にお相手を思う気持ちからなる贈り物であるかどうかです。
目に見えない気持ちや心を、目に見える形や耳から聞こえる音、言葉にすること。時期にとらわれないことで、かえってサプライズとなり、印象に残る贈り物になるでしょう。
品物は、用途や目的によって異なりますが、お中元やお歳暮などでは、「自分がこれを贈りたい」という自分中心の思いではなく、相手に「これをお贈りしたら、日常でお役に立てる」かどうか、「喜んでいただける」かどうか、を考えた品物を贈ります。
手書きのメッセージカードやお手紙を書き、贈り物に同封すると、一層気持ちが伝わりますよ。
贈る時期についても、それぞれに目安がありますが、それを過ぎたら贈ってはいけないということではありません。
世の中に完璧な人はおりません。それぞれに事情があり、遅れるときもあるでしょう。
例えば、「お歳暮」の時期を逃したら、「お年賀」として。お年賀の時期を逃したら「寒中お見舞い」、それ以降は「余寒お見舞い」や立春の日の「立春大吉」などの機会があります。
相手を思って、形以上のおもてなしを
以上、日常的な3シーンを挙げてみましたが、いかがでしょう。
マナーのカタチにとらわれすぎず、相手を思って柔軟に行動することで、マナーの型や形以上のおもてなしができることもあるのです。
マナーの基本を踏まえたうえで、少し型を崩す。
例えば私は、和服の帯留の代わりに、バレンタインデーにはハート、クリスマスにはサンタやトナカイのブローチをつけたりします。帯留ではなくキラキラブローチをつけていると「こんな使い方もあるのですね!」「すてき」などのお声をいただき、見知らぬ人からも話しかけられます。
幸せの女神は、既存を超えた相手様を喜ばせる柔軟な発想、思いやりのアイデアに微笑んでくれるのです。
ぜひみなさんも、お互いをハッピーにする“ワンランク上のさりげない気くばり”を実践し、互いにほほ笑み合える毎日をお過ごしください。
マナーコンサルタント・美道家
西出 ひろ子(にしで ひろこ)
ヒロコマナーグループ代表。ウイズ株式会社代表取締役会長。HIROKO ROSE株式会社代表取締役社長。一般社団法人マナー教育推進協会代表理事。大妻女子大学卒業後、参議院議員等の秘書職を経てマナー講師として独立。1998年、英国オックスフォードに渡り、オックスフォード大学大学院遺伝子学研究者(当時)と現地にて起業。帰国後、名だたる企業300社以上のコンサルティング、延べ10万人以上の人材育成をおこなう。著書・監修書に『さりげないのに品がある気くばり美人のきほん』(かんき出版)など、国内外で90冊以上。著者累計100万部を超える。
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