「天蚕糸」の概要と語源
「天蚕糸」は白みがかった半透明の糸で、しなやかでありながら強度があるため、「繊維のダイヤモンド」「繊維の女王」と呼ばれている希少価値の高い糸です。
「天蚕糸」は主に釣り糸として使用されますが、一部の和服や小物にも使われています。「天蚕糸」の語源は、原料を作る蛾の名前であるテグスサンです。「天蚕糸」のくわしい意味や読み方、語源について解説しましょう。
「天蚕糸」はテグスサンの幼虫の絹糸腺から作られる糸
「天蚕糸」はテグスサンという我の幼虫の体内にある絹糸腺から作られる糸です。
【天蚕糸:てぐす】
テグスサンの幼虫の体内から絹糸腺(けんしせん)を取り出し、酸で処理して得た白色透明の糸。
釣り糸に用いる。合成繊維のものにもいう。てんさんし。てぐすいと。てんぐす。
(引用〈小学館 デジタル大辞泉〉より)
「天蚕糸」は釣り糸として使われることで有名ですが、信州安曇野で生産されている「天蚕糸」は着物に織りこまれることもあります。ただし染色が難しく高価であるため、多くの場合は信州紬など織物の一部分、もしくはストールやマフラー、ネクタイなどファッション小物で使われています。
「天蚕糸」の読み方は「てぐす」「てんさんし」「てぐすいと」「てんぐす」
「天蚕糸」の一般的な読み方は「てぐす」です。この他にも「てんさんし」「てぐすいと」「てんぐす」という読み方があります。「天蚕糸」がテグスサンという蛾の幼虫から生成される絹糸腺が原料になっていることから、「てぐす」と呼ばれるようになりました。
「テグスサン」とはもともとは中国に生息する蛾の名前で、中国では天蚕を「天(ティエン)蚕(ツァン)」という発音です。「テグスサン」は日本では「やままゆ」と呼ばれ、山繭と表記されます。
「天蚕糸」の特徴と歴史
「天蚕糸」は伸びやすい性質を持ち、軽くてふくらみがあり、丈夫な糸です。もともと中国から輸入された薬の梱包には「天蚕糸」が使われていました。
丈夫で透明な「天蚕糸」に漁師が注目し、魚を獲るのに最適ではないかと判断したことから、魚を獲る網や釣り糸として使われるようになったということです。日本で天蚕が飼育されて、「天蚕糸」が生産されるようになった歴史については後述します。
合成繊維の「天蚕糸」もある
天然の「天蚕糸」は高価であることから、近年は合成繊維の「天蚕糸」が数多く開発されています。ナイロン、フロロカーボン、ポリエチレン、ホンテロンなど、さまざまな素材があり、それぞれ特性が違うため、釣る魚の種類によって使い分けるのが一般的です。
天然のものだけでなく、合成繊維でできているものも「天蚕糸」と呼びます。合成繊維の「天蚕糸」は手芸用にも使われることが多いです。
1780年代に信州安曇野で生産が始まった
日本で「天蚕糸」の生産が始まったのは1780年代のことです。長野県の信州安曇野で天蚕の飼育が開始され、明治時代に生産のピークを迎えましたが、第二次世界大戦の影響で一度は生産が途絶えてしまいました。
その後、信州安曇野で天蚕の飼育が再開されたのは1973年のことです。数年後に天蚕センターが建設され、さらに安曇野市天蚕振興会が設立されました。現在では伝統的な製法での「天蚕糸」の製造と「天蚕糸」による商品販売が行われています。
「天蚕糸」と絹糸の違い2つ
「天蚕糸」と絹糸にはいくつかの違いがあります。大きな違いは、原料を生成するのが天蚕か家蚕かということと製法です。天蚕は野性の虫であり、日本全国に分布していますが、家蚕は改良を重ねて室内で飼育されています。
今から説明する2つの違いが「天蚕糸」と絹糸の異なる特徴を生み出しています。それぞれくわしく解説しましょう。
原料を生成するのが天蚕か家蚕か
「天蚕糸」と絹糸の大きな違いは原料を生成するのが天蚕か家蚕かということにあります。天蚕は日本原産の野蚕で「やままゆ」とも呼ばれ、クヌギやナラ、アラカシなどの葉を食べて、黄緑色の繭を作ります。生成される糸も黄緑色です。
家蚕はカイコとも呼ばれ、農家の養蚕室で飼育されて、桑の葉を食べます。生成される糸は白色です。天蚕による「天蚕糸」がしなやかで強靱であるのに対して、絹は独特の光沢と滑らかな質感を持っている点が特徴的です。
製法
「天蚕糸」と絹糸の製法はさまざまな点で違いがあります。「天蚕糸」を作るにはまず乾燥させた繭を精錬します。精錬の手順は以下です。まず灰汁や亜硫酸ソーダなどで煮沸し、繭のまわりをおおっているセリシンを溶かして柔らかくした後、繭をほぐして綿状にします。
続いて糸取りです。真綿を少しずつ手で引き出して、指先で撚りをかけて糸を紡ぎます。さらに糸車を使って撚りをかけて、管に巻いてしっかりとした糸にしていきます。さらに綛揚機(かせあげき)を使って、糸を綛(かせ)に巻きとり、袖糸の完成です。
絹糸に紡ぐ前の段階の生糸(きいと)も繭を乾燥させた後に煮沸しますが、この場合、お湯を使います。その後、繭をほぐして、糸取りをするのですが、生糸は天蚕糸と違って生産量が多いので、自動繰糸機を使います。
天蚕の飼育から糸にするまで手作業で行っている「天蚕糸」に対して、絹糸は自動化と機械化が進んでおり、大量に作ることができる点も大きな違いと言えるでしょう。
「天蚕糸」の意味と読み方を知って正しく使おう
「天蚕糸」はテグスサンという蛾の幼虫の体内から絹糸腺をとりだして、酸で処理を加えることによって作られる白色透明の糸です。しなやかで強度があり、釣り糸として多く使われていますが、近年は合成繊維のものが増えており、合成繊維製のものも「天蚕糸」と呼ばれています。
「天蚕糸」は一見するとどう読めばよいか分からない難読漢字かもしれません。読み方はてぐすだけでなく、てんさんし、てぐすいと、てんぐすという読み方もあるので、まとめて覚えておくといいでしょう。
長野県信州安曇野で飼育されている天蚕から作られる「天蚕糸」は和服の袖やスカーフ、マフラー、ネクタイなどにも使われています。伝統的な製法で作られており、文化的な価値もあるといえるでしょう。「天蚕糸」の知識を深めて、伝統的な文化に親しむ機会を作るのもおすすめです。
写真・イラスト/(C)Shutterstock.com
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