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第20回[後編]:受験を乗り切るために目指す脳の状態は?脳を最も活性化させる習慣
〈お話を伺った方〉
早稲田メンタルクリニック院長 益田裕介さん
聞き手・原稿:教育エディター 田口まさ美
Instagram:@masami_taguchi_edu
前半では、お受験に取り組む子供も親も、なぜ加熱してしまうのか?について理解を深めました、後半では、では実際に脳の状態をどのようにコントロールしたら良いのか?健全なメンタルを保ちながらお受験に向かうにはどうしたらいいのか?を、精神科医の益田裕介さんから、脳科学的な視点で教えていただきました。
前編はこちら
受験生にとって、一番良い脳の状態とは?
――受験生にとって一番良い脳の状態とは?
益田:受験生に関わらず、一番良いのは、ちょっとだけストレスのかかるゾーンにいることです。実は、何もストレスがなくて楽な状態であるコンフォートゾーンよりも、少しだけストレスがあって学びがあるラーニングゾーンにいる方が、人は精神的に健康なんです。その先は、ストレスゾーンになってしまうので、当然良くありません。自分も子供も、ちょうど真ん中のラーニングゾーンに調節できるといいんですよ。
脳がラーニングゾーンであるためには、社会で働いていないとダメか?と言うと、そうでもなく。働く・働かないではないんです。働かなくても、社会的な活動を通じてラーニングゾーンにいる人もいれば、働いていても小さなチャンレジも全くしていなくてコンフォートゾーンになってしまっている人もいます。なので、精神の健康状態と就労は、実はあまり関係ないんです。
程よいストレスがある環境を保つ。これが大事で、それが行き過ぎちゃうと、過度なストレスになり悪影響が出るということなんです。
とはいえ受験の場合は、明確なゴールと結果があるので、どうしてもストレスゾーンになりがちです。その子によってメンタルと体力の限界が違うので、基本的にはその子の持続可能な状態を判断して、基本的にはラーニングゾーンを保ち、どこかのタイミングでゴールを目掛け、なるべく短期間で勝負をかけにいく、というイメージが良いのではないでしょうか。
親は子供の状態を見極めることが、一番大切です。
――では、もうアウトだ、という判断のラインはどこでしょう?
益田:これもとても難しくて。子供って自分のことを正しく把握もできないし、話せないわけです。辛いことがあっても、それが成長している状態なのか、勉強が大変過ぎているのか、まだ未就学児や小学生では、自分でもあまり判断がつかず、わからないですよね。なので、子供の言葉を鵜呑みにもできません。よく観察することです。
もちろん突然泣き始めるとか、学校行きたくないとか言い始めたら、それは確実にNGです。「摂食障害だけど、本人が望んでいます」などと言って、それでも勉強させるとかは、もう明かな教育虐待ですよね。 その間の状態の判断は難しいですが、長期的に考えて、やりすぎて鬱になったり、親子の関係が悪くならないようにはしたいですね。
――客観的な立場にいる祖父母などに聞くのもよいかもしれませんね。
益田:最近の脳科学的の研究では、10代の脳は特殊で、10代は、感情に支配されがちで、30代になると支配されにくくなることが分かってきています。
実際の臨床的にも、境界性パーソナリティ障害などは、30代になると落ち着くことが多いんですね。それに伴い、やる気・意欲が落ちてくることもあります。おそらく20代までは、脳も盛んに成長し続けていて、だからこそ感情に支配されやすいということです。それも個人差がありますが、大人と違って、そういった成長途中で揺れ動きやすい脳の状態だということも念頭に入れながら、ストレス過多になっていないか?を慎重に見極めてあげることが大事だと思います。
――親子共に、どうしても疲れてしまったら?
疲れを取るには、母子ともに「睡眠」です。1に睡眠、2に睡眠。「睡眠」以上の疲労回復はありません。
疲れていれば、朝寝坊をしてください。疲れている時には、無理に起きるよりも眠ることが1番の回復になります。とにかく睡眠は、思っている以上に重要だという事がわかってきています。親子ともに、できれば8時間は寝るようにしたいですね。また、ダイエットをしないこと。しっかり食べて栄養をとってください。
――日本人は世界一睡眠不足な国民と言われていますよね。私も最近、睡眠を心がけています。
現代の育児はロングスパン化。大学受験のその先の落とし穴
益田:親御さんの傾向として、どうしても学生中、学業に関しては高い関心を持つのだけれど、それ以降はそうでもないということがありますよね。例えば、小学校受験まではすごい熱心だったけれど大学受験以降は放置、とか、就職以降はノータッチということも多いです。
「もう大人だから」ということで、昔はそれで良かったのですが、今は大学受験の仕組みも複雑化していますし、就職もインターンがあったり、就活のタイミングも早くなったりしています。そして就職後も終身雇用制度が崩壊して、若いうちに転職することも多くなりました。
これは、未だかつてないことで、社会経験の浅い若者が一人で判断するにはなかなか難しい状況なんです。世の中は、親たちの若い頃よりも確実に複雑化していると言えます。
実際に、転職を機に鬱になりクリニックに訪れる患者さんが増えているんです。これは、日本において今後しばらく続く社会課題だと感じています。特に20代など若者の転職はとても難しいものがあります。転職をしたことのない親世代には理解しにくいかもしれませんが、転職は、それがたとえステップアップであっても、やはり誰にとっても精神的に負担が大きいものです。
一時的に収入がなくなるので、経済的にも追い込まれます。金銭的な問題も絡むので、友達にはなかなか相談できませんし孤独になりがちなんです。そんな大変な時に、親が相談相手になってくれるか否かで、全然違います。相談には乗れなくても「何かあったら帰ってきなさい」とか「3食は家で出すよ」などと、言ってもらえるだけでもいいんですが、全くヘルプがなく突き放してしまう親御さんが、意外と多いんです。
大きくなった子供を、一人の大人として尊重することは大切ですが、大人同士の親子として相手を重んじながらも、寄り添いの会話ができるかどうかは、大学受験、就職、転職の時に、実は大きな差となって現れているという現実があります。
「現代においては、子育ては長くなった」このようなイメージを私は持っています。
学生までで親の仕事は終わりではなく、就職とか、孫の育児とか、就職後も、親子関係はゆるゆると続いていくというイメージを持つとよいのではないでしょうか。
変化の激しい世の中ですから、親も子供の相談に乗れるほど知識がない場合もあるかと思います。でも、「分からないから放置」ではなく、「分からないから一緒に調べてみよう」とか、「そうなんだね」と話を聞いて、共感してあげるだけでも違います。鬱になった若い患者さんを臨床をしていると、子供が成人後に鬱になった時、逆に追い詰めちゃう親御さんが案外いるんだな、と感じます。
――受験でも就職でも、「自分の時はこうしてうまく行った」という過去の成功事例を引き合いに出してしまうと、今は時代が違うので、追い詰めてしまいがちかもしれません。
益田:育児が長くなるなんて言うと、「大変だな」、ときっと思われると思います。でも、子育てが長くなったぶん、逆に、遠くを見据えて、スタートダッシュに頑張り過ぎる必要はないと思うんですね。長い目で見て、のんびり構えるのはどうでしょうか。
最初に頑張りすぎて、そこで関係性を崩してもいけませんから。人生100年。学歴や、最初の就職だけで人生の幸せが決まる時代でもなくなった、と。
このように、世の中の変化とともに、家族の形が変わってきて、育児の期間も変わってきたことに、気づいていることといないことでは大きく違います。家族をチームとして考えて、いつでも気軽に話し合える関係性であることが望ましいと思います。
――“長距離ゆるゆる子育て”時代の到来ですね。私自身も、つい「ゴールから逆算」が成功法というような世代の親なのですが、自分の価値観を子供に押し付けることなく、今の時代に合わせて柔軟に!!と自分を戒めています(笑)!
働く母親の、お受験&仕事のバランスのとり方
――仕事もフルタイムで責任を負い、子供の受験にも取り組み、家事も、、となると、生活のバランスを取るのは至難の業ですよね。
益田:お母さんの仕事ってマルチタスクですよね。家事育児、そこに仕事と入ってきて、頭の中がごちゃごちゃになっちゃうんです。そんな時は、セルフモニタリングをすることを勧めています。
セルフモニタリングとは、〈坐禅を組んで、脳の状態を感じる〉ことです
「マインドフルネス」という言葉も使いますよね。1日の中で、ちょこちょこと、このセリフモニタリングをしてみてください。今自分が疲れているか、疲れていないか、を感じてみることです。
例えば、目を閉じているときに自然と涙が出てきたりしたら、それはもう異常ですよね。また目を閉じていて眠くなるなら、疲れ過ぎています。
自分の現状を確認し、理解することです。一言で「大変だ」といっても、それが仕事の問題なのか、家の問題なのか、子供の受験の問題なのか、その他なのか? 頭の中が、常に整理ができてることだ大事です。 整理さえできていれば、必然的に次に何をすべきかが明確になりますから。
アスリートは、練習前に必ずストレッチしますよね。その時に、どこか痛めてないか、痛めているとしたら今日はそこの部分をあまり使わないようにしよう、などと考えながら自分の身体状態をチェックするわけです。だからこそ、効率よく練習できて、試合でパフォーマンスを出せます。
それと同じで、自分の今の状態を知る時間を少しでもいいので取れるといいと思います。忙しい人ほど、そうしてほしいと思います。セリフモニタリングをしてみて、
「なんか今日はイライラしていて怒りぽい。」となれば
→「早く帰ろう」
→「子供に余計なことを言ってしまいそうだから、言わないように注意だ」
などと、次の行動に反映できるわけです。
「大変だ!」とか「忙しい!」とか感情に任せて、わーっと働いて、わーっとお酒飲んで、わーっと旅行に行き、またわーっと働く、というような、行き当たりばったりの行動を取っていると、大抵うまくいかないんです。
自分を見つめ直す時間を取ることですね。カウンセリングに来ていただくのも一つですが、本来自分のことは自分が一番知っているので、自分で解決できるのが一番です。
受験も人生もうまく行く最適解、セルフモニタリングとは
――思い当たりすぎます(笑)。やはり脳科学的にも最適なのは、座禅なんですね。
益田:目を閉じて坐禅を組むのは、一つの最適解なんでしょうね。だからこそ、古来からこんなに長い時間を経て、この慣習が残っているのだと思います。科学的には、完全に解明されているわけではありませが、それは正しいことなんだと思います。古代、人間は今よりもずっと厳しい生命危機にさらされていました。それを、座禅を組んだり念仏を唱えることで、自身のマインドを落ち着かせてきたんだと思います。みんながみんな神を信じているからやってきたのではなく、心を落ち着かせ、合理的に考え、明日を生きるために行ってきた有効な行為ということだと思います。
1日の間で5分、10分でいいんです。「そんな時間ないよ〜!」って言われるんですけれど、みんな、隙間時間にスマホは見てますよね。スマホを見る代わりに、目を閉じて自分と対話する時間を5分作ることを勧めます。どんなに忙しくても、1回その時間を持った方が、その後絶対にうまく行くので。
机の上が汚いまま勉強をするより、一旦整理した方が、やる気が出て勉強が捗るのと同じです。脳の一旦整理をすると、その後のパフォーマンスが確実にアップします。
救急医療で、患者の血が出ているからすぐに執刀!とはなりませんよね。まずは救急処置した後、検査して、その後治療です。それと同じで、いくら忙しいからといって省かない方が良い作業があります。それを習慣化していると、結果的に、脳の整理も早くなるんです。面倒臭いけど、大事ですよ。
――今日から毎日やります!
まとめ
1.幸せな生き方の選択肢・バリエーションは、多様であることを認める
2.子供への教育熱は、特にアジア特有のものであると理解する
3.自分の生い立ちや環境を振り返り、親の生い立ちや環境を振り返る
4.冷静になるには、心ではなく、脳の問題だと認識する
5.子供の脳には発達段階があることを理解する(認知能力、思春期など)
6.向いている子、向いていない子、現時点での子供の姿を認める
7.脳の発達段階と受験システムはフィットしていないことを理解する
8.子供の能力は、自分の能力より常に同じか高いわけではないと認める
9.基本はラーニングゾーンを意識し、追い込みは短期決戦
10.疲れたら8時間以上睡眠をとる
11.育児はロングスパンと捉え、長距離ゆるゆる子育て
12.日々セルフモニタリングをする
教えてくれたのは…
益田裕介(ますだ・ゆうすけ)さん
〈精神保健指定医、精神科専門医・指導医〉
防衛医大卒。防衛医大病院、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院(復職センター兼務)、埼玉県立精神神経医療センター、薫風会山田病院などを経て、2018年より早稲田メンタルクリニック院長。精神科医YouTuberでもあり、登録者数は54万を超える。オンライン上の患者会、家族会も運営。
Interview&Writing
田口まさ美
〈教育エディター〉
小学館で教育・ファッション・ビューティ関連の編集に20年以上携わり独立。現在Creative director、Brand producerとして活躍する傍ら教育編集者として本連載を担う。私立高校に通う一人娘の母。Starflower inc.代表。Instagram:@masami_taguchi_edu
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