story2 毎月1試合。挑戦しないことがストレスになる
Profile
ナオミ(仮名) 48歳
職業/歯科医師
住まい/東京・港区で夫とふたり住まい
マラソンからトライアスロンへ
マラソンのやりすぎでヘルニアを発症してしまった上に、夫と過ごす時間がなくなって、ナオミはゆき詰まっていた。気分転換にと夫に誘われて水泳を始めたものの、最初は25メートル泳ぐのがやっと。でも、できないとなるとまた、「やってやろう」という気持ちがわいてきて、マラソンのときと同じように、とことん練習にのめり込む。泳ぎが得意な夫に、毎週教えてもらって、1年後には1.5キロ泳げるまでになった。
「このころ私を突き動かしていたのは、“ここでやめてしまったら、また何をやっても続かなかった自分に戻ってしまう”。その思いだけでした。でも、辛さを超えて続けていると、すごく楽しくなってくる。ウキウキしてくる。それで私、無謀にも『泳げるようになったから、トライアスロンに出る!』って宣言したんです。周囲は『無茶しないで』というけれど、私にしてみれば、こんなに楽しいこと、なんで邪魔するのよって。怠けてしまいがちな自分と闘ってここまできて、それができるようになると、挑戦していないことが、今度はストレスになってくるんです」
ナオミが初めて挑戦したトライアスロンの大会は、スプリントといわれる距離のトライアスロンだった。フルマラソンに比べれば走る距離は5キロと短いし、水泳が0.75キロ、バイクが20キロ。ヘルニアも気にならなくなっていたし、「意外とイケるな」が正直な感想だった。そこからは、ほぼ毎月のようにマラソンやトライアスロンの大会に挑戦していくことになる…。
1月 ハーフマラソン
3月 ハーフマラソン
4月 フルマラソン
6月 ハーフマラソン
7月 トライアスロン(スプリント)
8月 トライアスロン(リレー)
9月 トライアスロン(B Type)
10月 トレイルラン
フルマラソン
11月 ハーフマラソン
12月 5キロマラソン
2月 フルマラソン ※東京マラソン
3月 ハーフマラソン
4月 フルマラソン ※長野マラソン/DNS<腰痛>
5月 トライアスロン<ヘルニア再発>
…
闘わないストレスからアイアンマン挑戦へ
ナオミは参加したレースとその結果をノートにつけていて、時間があると見返している。マラソンを始めて5~6年目のこの時期は、いちばんストイックに練習しレースに参加していた時期だ。このころ参加した初の東京マラソンでは、大きな大会で歓声に包まれて走る興奮も味わった。3時間10分台という自己ベストも出て、気持ちが高揚したまますぐ翌月にはハーフマラソンに出たりもした。そして、さらに翌月の長野マラソンで、ベスト更新を目指したものの、その後しばらく何も参加できない時期が続く…。
「長野マラソンの当日になって、腰痛がひどくて歩くのも辛くなってしまったんです。それまでは、少しくらいの不調はあたりまえ。吐いても倒れても絶対にゴールしていたし、途中リタイア(DNF)なんてありえなかった。でも、スタートラインにも立てずに不参加(DNS)。夫や両親も応援に来てくれていたのに、申し訳なくて。その悔しさもあり、翌月のホノルルでのトライアスロンは絶対に参加したくて。でも記録は狙わず、夫と一緒に楽しめたらいいな、というくらいでのぞみました。
ところが大会当日、水泳とバイクはなんとか終わって、最後のランにさしかかったら、足が痺れて動かない。それでも途中棄権するのがイヤで、足を引きずって歩きながらゴールして。タイムなんて残らないくらい酷かったけど、体はもっと酷かった。ヘルニアが再発して、ホノルルから東京の家に帰るまで車椅子になってしまいました」
マラソン6年目、トライアスロンを始めて2年目。ナオミは初めての長い休みを取ることになった。
「仕事ばかりなのがイヤで走ることを始めたけど、走れなくなると “仕事があってよかった”と思えました。体を痛めちゃった自分を責めたりもするけど、仕事をしていると忘れられる。患者さんのことで頭がいっぱいになる。それはそれで、幸せなことなんだなって思えたんです。
腰のリハビリを兼ねて、水泳は続けていて、ずいぶん長く泳げるようになっていました。プールでゆっくり泳ぎながら、健康って大事だなって、しみじみ思ったりしながら。でも、ずっと走らないと、また何かに挑戦したくなってくる。これは自分の中から湧き出てくるようなもの。自分でも止められないんです」
とはいえ、これまでのように毎月の大会やタイムの更新を狙うのは、体にも負担が大きい。それは、ナオミにもわかっていた。
「スピードを求めた走りができないなら、ゆっくりでもいいから距離の長さに挑戦するのはどうだろう。そうだ、トライアスロンのアイアンマンレースはどうだろう」
アイアンマンレースとは、水泳3.8キロ、バイク180キロ、マラソン42.195キロのレースで、「世界一過酷なレース」とも呼ばれるトライアスロン。もちろんいきなりは無理だけど、少しずつ距離を延ばしていって、いつかは完走してみたい。でも、そのときのナオミには焦りは厳禁だ。早く練習距離を延ばしたい気持ちを抑えながら、仕事とのバランスをはかっていた。たくさん走りたいけど、ほどほどにして体を気遣う。思うように練習できないときは、仕事に集中する。
「ああ、バランスをとったり調整したりするのって、ほんとうに難しい。ストイックにやり込めてしまうほうが、もしかしたら単純で、簡単なことなのかもしれないな」(続く)
南 ゆかり
フリーエディター・ライター。『Domani』2/3月号ではワーママ10人にインタビュー。十人十色の生き方、ぜひ読んでください! ほかに、 Cancam.jpでは「インタビュー連載/ゆとり以上バリキャリ未満の女たち」、Oggi誌面では「お金に困らない女になる!」「この人に今、これが聞きたい!」など連載中。