「ヌーハラ」の意味は?
「ヌーハラ」は「ヌードルハラスメント」の略で、「ヌードル(noodle)」と「ハラスメント(harrassment)」を組み合わせた和製英語。麺類をすする時の音を聞かされる不快感や苦痛を表しています。
ヌーハラが生まれた背景
ヌーハラという言葉は、2016年頃、Twitterのユーザーが「日本にはヌーハラがある」と指摘したことに端を発しているといわれています。そのユーザーのツイートを、様々なメディアが取り上げたことで、広く使われるようになりました。
ヌーハラは、特に外国人が麺類をすする音を聞かされた時の不快感を指しますが、日本人でも不快に感じる人は少なくないようです。
なぜ、日本人は音を立てて麺をすするのか?
そもそも、日本人が音を立てて麺をすするのはなぜなのでしょう。「すする」という行為に着目して、歴史からも含めて考察します。※それぞれ諸説あり
1:蕎麦をすするのは江戸時代から!?
麺類である蕎麦をすするようになったのは、一説には江戸時代からではないかといわれています。蕎麦自体は、縄文晩期に日本へ渡来。奈良時代にはすでに用いられていたという記録が残っています。その後、蕎麦切りが始まったのは天正年間(1573~1592)。18世紀初め頃には江戸の町の各所に蕎麦店が並んだそうです。
やがて蕎麦切りを威勢よくすする食べ方が、粋で勇み肌な江戸っ子に受け、蕎麦を3分の1ほどをつゆにつけて、一気に素早くすする食べ方が「粋だ!」と捉えられるようになったようです。
2:ズズズと蕎麦をすする、「落語」
「蕎麦をすする」というと、落語を思い出す方も多いでしょう。落語家が扇子を箸に見立てて、「ズズズ」と「蕎麦をすする」仕草は落語の中でも代表的なもの。
蕎麦を題材にした落語には、『そば清』『蕎麦の殿様』『時そば』などが挙げられます。落語の中では、食べる仕草と音で、蕎麦の細いものと太いものの差を感じさせたりします。「ズズズ」の音がポイントだということが、よくわかります。
3:すすった方がおいしく感じる?
麺をすする理由として挙げられるのが、「スープがより麺に絡まる」「より香りを感じられる」という意見。麺と共に空気を口の中へ取り込む食べ方が、麺の風味をより引き立てるようです。
麺をすする音が気になるときの対策法は?
これまでヌーハラの意味や日本での「すする」文化について見てきましたが、「え、これもハラスメントなの?」と賛否両論あるのも事実。昼食の時間などに麺をすする音が気になっても、「我慢する派」の方が多いかもしれません。
さまざまな考え方がありますが、どうしても音が気になってしまうとき、どのように対処すればよいかを一緒に考えてみましょう。
1:席を移動して、近くで食べない
「どうしても、他人の食事の音を聞きたくない」と思う方もいることでしょう。特に、子どもの頃から食事をするときに「音を立てない」ことを厳しくしつけられた人にとっては、音を立てて食事をする人と一緒にいるのは、避けたい気持ちになるかもしれません。
一方で、社会には多くの人がいますから、育った環境や文化、家庭のしつけが違うのも当然。しかし、生理的に我慢できないことは、我慢する必要もありません。席を移動するなどして、物理的に離れてみましょう。
2:伝え方を工夫してみる
前述したように、麺をすする音に関しての考え方はさまざまです。そのため、相手に自ら音を小さくしてもらうことは、現実的ではないでしょう。一緒にいるときにやんわりと伝えるだけでも、ストレスが軽減されるかもしれません。黙って我慢をするだけよりは、事態が変わることも期待できます。
食事中の音は、人によっては大きな問題です。相互に思いやりが生まれるように、楽しく食べられるようにしたいところです。
海外で注意したいこと
世界には様々な食文化があり、それに応じたマナーがあります。中国、韓国も非常に豊富な麺料理がありますが、いずれの国も音を出して食べることはマナー違反だとされています。こうして考えてみると、すすりながら食べる文化は日本固有の文化なのかもしれませんね。
欧米人の場合は、麺類を音を立ててすすって食べる文化がないため、麺をすすっている姿を見ると「行儀が悪い」「動物みたい」「汚い」と不評になるケースも。さらに、そもそも「すすり方がわからない」と感じる人もいるようです。
食事やマナーはその地域の文化を反映しています。「郷に入っては郷に従え」の考え方で、海外を訪れた際には、公共の場所やレストランでは、音を立てながら麺をすすって食べるのは控える方がベターでしょう。
最後に
日本の歴史を振り返ってみると、音を立てて「すする」行為は昔から存在していたということがわかりました。とはいえ、現在はグローバル化が進み、今までは普通だと思われていたことも、ハラスメントと結びつくことがあります。トラブルに発展しないためには、やはりお互いに思いやる気持ちが大切といえるでしょう。
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