【目次】
無理強いの代償
介護ビギナーなので、失敗は山ほど。その都度アタフタしながら、「こうすればよかったのか」「次はこれを試してみよう!」と、小さな改善をくり返して乗り切ってきました。ただ、唯一取り返しがつかなくて後悔していることがあります。
それは、ダディにムリヤリ絵を描かせようとして、その日以来、一切描かなくなってしまったこと。
脳梗塞になる前、ダディは画家を生業としていました。私はいつかまた好きなように絵を描けるようになってくれたら…と思っていましたし、病院の先生にも「描くといいリハビリになる」と言われていたのですが、、、。
介護を始めて半年~1年くらいの間は、広げたノートの左ページに私が絵を描き、それを真似てダディが同じように描く…というコミュニケーションができていました。「上手だね!」と褒めると、うれしそうに反応して前向きに絵を描いてくれていたんです。
「自発的に絵を描く」という発想はなく、似せて描くのが精いっぱい。利き手はマヒしているので、慣れない左手です。それでもとっても味のある良い絵を描いてくれていたんですよね。なんというか、子供が描く絵のような、無垢な雰囲気で。
あるとき、ヘルパーさんに「見本の絵を描くとダディは真似て描くから、一緒にいるときに何か絵を描いてみてください」と頼んだことがありました。気難しくてとっつきにくいダディにどう接していいのかヘルパーさんが困っていたので、何か距離を縮めるきっかけになればいいなという思いでした。
というのも、それまで数人のヘルパーさんが来てくださったのですが、みんな接し方に困ってしまって、いろいろとダディのサポートをお願いしてみるもののうまくいかず、結局私がずっと付き添う事態に、、、。介護をヘルプしていただくどころか、逆に落ち込んでしまったヘルパーさんを励ましたりと気を使うことが多く、、、。そのうち「これ以上は面倒見られない」と、依頼をお断りされてしまうケースも複数ありました。
そんな状況でしたから、新しく入ったヘルパーさんとはどうしてもいい関係を築いてもらいたかったし、絵が得意な方で「これなら楽しくできそう!」と意欲的だったので、「やっとお任せできるかな、担当を続けてくれるかな」と期待していたんですね。
でも、ダディはいっこうに真似ようとしなくて。
絵が得意だったヘルパーさんが描いてくれた見本は、わりと細かい絵でした。今考えると、私は大ざっぱで簡単な絵を描かせていたけれど、細かい描写が必要になる本格的な絵となると、ダディは描くことができなかったんじゃないかなと想像できます。なのに、私はヘルパーさんが次に来てくれたときになんとか成果を見せたくて、「いつもできるのになんで!?」と無理に描かせようとしてしまった。ダディは抵抗していたのに、、、。
かつては自由に描けたはずの絵が描けない現実を突きつけられ、さらには、描きたくもないものを描かされそうになって、ダディにはすごくイヤな思い出になってしまったのかなと。
くも膜下出血で倒れた後に高次脳機能障害を患った歌手のKEIKOさんも、小室哲哉さんがまた歌を歌わせたくて、当初なんとか1曲歌ってもらえるようにスタジオに連れて行って試みたようなのですが、本人は興味をなくしてしまいそれから数年は歌っていない…というようなお話を記者会見でされたという記事を読んで、「ダディも一緒だ」と後から知りました。
もし知っていたら、無理はさせなかった。
ゆっくり進めてあげればよかった。
好きだったことや得意だったことって、「その人らしさ」を表すものでもあるから、家族としては取り戻してほしくて焦ってしまう。でも、周りが強制してしまうといい結果にはなりづらいのかもしれません。
イラスト/佐藤えつこ 構成/佐藤久美子
これまでのお話▶︎だれにでも起こりうる介護のリアルって?元モデルの介護奮闘記【うちのダディは脳梗塞】
佐藤えつこ
1978年生まれ。14歳で、小学館『プチセブン』専属モデルに。「えっこ」のニックネームで多くのティーン読者から熱く支持される。『プチセブン』卒業後、『CanCam』モデルの傍らデザイン学校に通い、27歳でアクセサリー&小物ブランド「Clasky」を立ち上げ。現在もデザイナーとして活躍中。Twitterアカウントは@Kaigo_Diary