「墨守」の意味や語源とは?
「墨守」という言葉が日常会話で登場する機会はほとんどないでしょう。まずは、耳慣れない「墨守」という言葉の、意味や読み方、語源から解説していきます。
意味
「墨守」は「ぼくしゅ」と読み、習慣や主張、しきたりなどを、かたく守って変えないことを意味します。
語源
「墨守」は、昔の中国に由来する言葉です。そう聞くと、「墨守」の「墨」が墨子(ぼくし)の「墨」であると、ピンとくる人もいるかもしれません。墨子は、戦国七雄がせめぎあう戦国時代に活躍した「墨家」の開祖です。「墨家」は、墨子を始祖とする思想家集団で、平和主義、博愛主義を説きました。
春秋戦国時代には、孔子、老子、荘子、孟子らに代表される「諸子百家」と呼ばれる思想家が現れ、墨子もその一人に数えられています。この墨子と弟子たちによる思想書が『墨子』です。「墨守」という言葉は、この『墨子』の第四部の中にある「公輸」が由来とされています。
墨子は、宋の城を、楚の攻撃から9回に渡り守りました。このことが元となり、「墨守」という言葉が生まれたのです。諸子百家にはそれぞれの思想があり、例えば孔子は礼と仁を重んじ、孟子は性善説を唱えました。墨子は非攻(ひこう)・兼愛(けんあい)などの考えを唱え、戦に対して籠城(ろうじょう)や守城で対応する思想家でした。非攻というのは、自分の利益のために他者を犠牲にせず、他者から攻められた場合にのみ防衛を行うという考え方で、例えるなら、今の日本の自衛隊に似た考え方です。
墨子は、楚が宋を攻撃するという情報を得て、戦を未然に防ぐために、単身、楚へ向かいます。楚では、攻城用の巨大なはしご車のような雲梯(うんてい)を作り、着々と戦の準備中。墨子は、楚の王に机上での攻防戦を提案し、もし自分が勝てば宋への攻撃は中止することを約束させました。
墨子は公輸盤(こうしゅはん)という工匠との模擬戦を行い、9度の攻撃の全てを防御し、勝利。メンツを潰された公輸盤は、「まだ勝てる策がある」と、墨子の殺害をほのめかしましたが、墨子は、「私を殺しても、300人の弟子がすでに宋の守りについている」と諭し、宋への攻撃を諦めさせたといいます。
このことから生まれた言葉が「墨守」。「墨守」という言葉の由来となった、楚の攻撃から9回守ったという逸話は、本当の戦ではなく、この模擬戦のことなのです。
「墨守」を使った四字熟語
「墨守」を使った四字熟語として、「旧套墨守」や「伝統墨守」という言葉が挙げられます。「旧套墨守」は「きゅうとうぼくしゅ」と読み、「昔からの方法や習慣を重んじ、頑なに守る」という意味。ネガティブな意味に傾くと、「古いしきたりに固執し、融通がきかない」というニュアンスになり、例えば「大仏だけに頼る旧套墨守な観光地は生き残れない」というような使い方ができます。
「伝統墨守」は、「でんとうぼくしゅ」と読み、「従来行われてきたことを重視し、それに厳密に従うこと」という意味です。「伝統墨守」に関しては、日本の3つの自衛隊の特徴を表す比喩表現として、面白おかしく使われています。
例えば、陸上自衛隊の特徴は「用意周到(よういしゅうとう)・頑迷固陋(がんめいころう)」、航空自衛隊の特徴は「勇猛果敢(ゆうもうかかん)・支離滅裂(しりめつれつ)」、海上自衛隊の特徴は「伝統墨守・唯我独尊(ゆいがどくそん)」というもの。中でも「頑迷固陋」という言葉は、耳慣れない人が多いでしょう。「頑迷固陋」は「頑固で視野が狭く、道理をわきまえない」、「自分の考えに固執して、頑なである」という意味です。陸・海・空のこれらの特徴は、自衛隊に詳しい人なら、「なるほど」と頷く比喩表現かもしれません。
使い方を例文でチェック!
実際に「墨守」をどのように使うか、チェックしておきましょう。
1:既得権益を「墨守」しようとする役員がいる会社に未来はない
新入社員への挨拶の場で、「君たち我が社に新しい風を…」、「改革の余地があることは、どんどん提案してくれたまえ!」などと言っておきながら、実際は既得権益を死守しようと頑なに現状維持を試みる役員には、「既得権益を墨守しようとする役員がいる会社に未来はない」と言いたくもなります。
2:彼らは最後の砦を「墨守」した
「最後の砦」というのは、戦いでよく使われる言葉です。まさにこの使い方が、もともとの「墨守」の使い方といえるでしょう。
3:集落で「墨守」してきた風習が、重要無形民俗文化財に指定された
「墨守」の、「習慣やしきたりなどをかたく守って変えない」ということが評価され、小さな集落で脈々と受け継がれてきたお祭りなどの伝統行事が、重要無形民俗文化財に指定されるというようなこともあります。
類語や言い換え表現とは?
「墨守」をより理解するために、類語についても学んでおきましょう。
1:固持
「固持」は「こじ」と読み、意見や信念を固く守って変えないことで、「墨守」の類語です。
2:固執
「固執」は「こしつ」と読み、自分の意見を主張して譲らないことを意味します。ネガティブな意味で使われることが多い、「墨守」の類語です。
3:保守的
「保守的」は、「進歩的」、「革新的」の対義語で、考えや行動に保守の傾向が見られることを意味します。
英語表現とは?
「墨守」の英語表現も紹介しておきましょう。「墨守」は「adhere」という英単語で表されますが、さらに簡単な英単語「keep」でも表現することができます。「He was set on keeping the tradition」で、「彼はあくまでも伝統を墨守しようとした」という意味になります。
最後に
昔からのしきたりを守って変えないことを意味する「墨守」という言葉。ポジティブな意味にも使えますが、場合によってはネガティブな意味にも。「墨守」という言葉を使うことはなくても、しっかりと理解して、耳にした時にはどちらの意味で使われているのか瞬時に理解したいものです。