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枕詞とは?
日常会話の中で、「おかげさまで」「恐縮ではございますが」などという表現を使うシーンはよくあるのではないでしょうか? いきなり本題から話し出すと、相手が困惑することもあるでしょう。
このように本題の前に置くことで、雰囲気を和らげる言葉は枕詞(まくらことば)と言えます。当記事では、枕詞について由来や実例を解説します。
枕詞は短歌や和歌の表現技法のひとつで、その言葉を引き出すために添える一定の修飾語のことです。映画化もされた『ちはやふる』という競技かるたを題材にした漫画がありますが、この「ちはやふる」も枕詞。枕詞は身近なところにも存在するのですね。
枕詞の由来
古くは和歌に限らず、ことわざや神のお告げのひとつとして、神名・人名・名にかかり、本来はそれらをほめたたえるためのおまじないのようなものだったと考えられています。時代が流れるにつれ、おまじないの要素が薄れて、意味もわからなくなり、単純に語調やリズムを整える表現方法になったとされます。
枕詞のルール
枕詞は基本5音から成り立ち、特定の語とセットで用いられます。また、枕詞そのものに意味はなく、古典においても基本的に現代語訳しません。
主な枕詞の例
実際の例を見てみましょう。
例1:
【在原業平朝臣/古今集・百人一首(17番) 】
ちはやふる 神代(かみよ)もきかず 竜田川(たつたがわ) からくれなゐに 水くくるとは
【現代語訳】
竜田川の川面に紅葉が流れていて、川の水を紅く染めたように美しく見えますが、このようなことは神代にも聞いたことがありません。
▲「ちはやふる」が「神」を導く枕詞です。
例2:
【紀友則/古今集・百人一首(33番)】
ひさかたの 光のどけき 春の日に しずこころなく 花の散るらむ
【現代語訳】
こんなに陽の光がのどかな春の日に、どうして桜の花は落ち着いた心がなく散ってしまうのだろう。
▲「ひさかたの」が「光」を導く枕詞です。
例3:
【山部赤人/万葉集】
ぬばたまの 夜のふけゆけば 久木生ふる 清き川原に 千鳥しば鳴く
【現代語訳】
夜が更けてゆくにつれ、久木の生える清らかな川原で千鳥がしきりに鳴いていることよ。
▲「ぬばたまの」が「夜」を導く枕詞です。「ぬばたまの」はほかにも「黒」を導くこともあり、漆黒をイメージさせます。
ほかにも「たらちねの」に対して「母・親」、「あしひきの」に対して「山・峰」、「あをによし」に対して「奈良」など枕詞は350種類以上あります。
枕詞と序詞の違い
和歌の修辞法において枕詞と間違われるものに序詞(じょことば)があります。枕詞が5音であるのに対して序詞は主に7音以上です。また枕詞が特定の語につく決まりがあるのに対し、序詞は必ずしも決まった語があるわけではありません。さらに、序詞には歌に重要な意味を持たせるところが大きな違いです。
【柿本人麻呂/拾遺集・百人一首(3番)】
あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を一人かも寝む
【現代語訳】
山鳥の長く垂れさがっている尾のように、長い夜を一人で寝るのだろうか。
この歌の場合「あしひき」は「山」を導く枕詞でもあるのですが、「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の」が「ながながし」を導く序詞です。この歌で伝えたいことは後半の「長い夜を一人で寝るのだろうか」の部分。それを「山鳥の尾のように長い夜」というように説明しているのです。つまり、どれくらい長いのかということを、前置きとして強調している部分が序詞というわけですね。
現代における枕詞とは
これまで、和歌における枕詞を見てきましたが、現代ではどのような意味で使われているのでしょうか? 先述したように枕詞は特定の語につくことから、「前置きの言葉」という意味でも用いられます。
人物に対して使う枕詞
たとえば、次のように特徴や魅力を強調する場合にも使われます。
1:「輝く美しさの持ち主の○○さん」
その人の魅力や才能、人柄などを特徴づけるために、特定の言葉やフレーズで表現します。
2:「まぶしいほどの笑顔の○○さん」
その人が持つ魅力やパワフルさ、知性や優しさという特定の感情や印象を伝える役割を果たします。
3:「頼りになるリーダーの○○さん」
その人の経験や知識、指導力などを強調する表現として具体的なイメージを伝えることができます。
ビジネスシーンでの枕詞
ビジネスシーンでも、個人や企業、製品、サービスなどに対して特徴や魅力を強調するために前置きとしての枕詞が用いられます。
1:「信頼のおけるパートナー」
ビジネスシーンで、信頼できる関係を築いていることや安心感を強調するために「信頼のおけるパートナー」という表現をします。パートナー企業や取引先に対して使うことで、相手にも好印象を持ってもらうわけです。
2:「革新的なリーダー」
リーダーシップや革新性に優れていることを強調するために「革新的なリーダー」という表現をします。技術やアイデアが求められる業界では、競争力や差別化がアピール可能に。
3:「グローバルなリーダー」
国際的な経験や知識、異文化への理解などを強調するために「グローバルなリーダー」という表現をします。国際的なビジネス展開やグローバルな視点が求められる場合、グローバルな展開力をアピールできるでしょう。
4:「顧客満足度No.1」
顧客のニーズや要求に対して優れたサービスを提供し、顧客満足度が高いことをアピールするために「顧客満足度No.1」という表現をします。街で目にすることも多いですね。主にサービス業や顧客志向のビジネスで使われます。
これらは一部の例ですが、ビジネスシーンにおいては業界や目的に応じてさまざまな枕詞がキャッチフレーズとしても利用されています。ビジネスコミュニケーションや広告などで活用されるため、私たちが見たり聞いたりする機会も多いのです。
クッション言葉としての枕詞
言いにくい本題の前において口調をやわらかくするときにも使われます。
たとえば「たいへん恐縮ですが」「たいへん申し上げにくいのですが」など、ひと言添えるだけで次に続く言葉のとげとげしさが打ち消されます。これらの枕詞はビジネスが円滑に進む役割を担っていると言えるでしょう。
まとめ
枕詞とは古くは和歌の修辞法として用いられたもの。そのものには意味はなく、歌の調子を整えたりイメージを喚起させたりする役割がありました。和歌が日常的に詠まれなくなった現代では、前置きの言葉という意味で、ビジネスシーンでも用いられます。ビジネスシーンだけでなく、人間関係を円滑にするためにもうまく使っていきたいですね。
執筆
武田さゆり
国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
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