しゃべらなくても、相方だけの仕事でも、収入はすべて折半です
子どものときから目立ちたくて、でも前に出ればスベって、恥かいて…。芸人になってからもそれは変わらないけれど、自分の立ち位置を見つけてからは結果がついてきたという、ウエストランド河本さん。2022年、M-1優勝。それでもいまだに「震えるほど緊張する」という、ちょっとこじれたお仕事論を語ります。
語り/河本 太さん(ウエストランド)
はい上るチャンスはあったのに
ものにすることができなかった
幼なじみの井口(浩之)とコンビを組んで、今の事務所(タイタン)に所属した当初は、ものすごく好調でした。すぐに僕だけピンでCM出演があったり、THE MANZAIの認定漫才師に入ったり、『笑っていいとも!』のレギュラーに抜擢されたり。正直、「ちょろいな」って思いました。調子に乗ってました。
CMのギャラは、まだピンで仕事のなかった相方に折半してあげて、調子に乗ったまま結婚し、子どももできて。でも、すぐに地獄に突き落とされました。テレビに出ても何もできないし、前に出ればスベるばかり。緊張するから顔面は蒼白。それでも、事務所から先輩のバーターで仕事をもらったり、適度に仕事は入ってくるものです。地獄からはい上がるチャンスはあったのに、どれもものにすることができないまま、時間が過ぎていきました。
バイトはせず、少ない収入をほぼすべて飲み代に使う生活でした。妻は仕事をしながらワンオペ状態。「不安定な芸人は辞めてほしい」と言われ続けたけれど、その踏ん切りもつかず、結婚3年目、妻は2歳の子どもを連れて家を出てしまいました。
写真をもっと見る遅刻常習犯。
大事な出番を飛ばしたこともありました
僕の生活は荒れ放題。毎晩潰れるまで酒を飲むから、翌日起きられない。仕事では遅刻の常習犯でした。浅草・東洋館で漫才の出番があったとき、起きたらもう出番終了の時間だったこともありました。結局、相方がひとりで舞台に立ったのですが、ネタを間違える僕がいないから、やりやすかったそうです。
妻と子どもとの別居は、約2年続きました。関係修復のきっかけは、子どもに会えない生活がつらすぎたから。妻に「戻ってきて欲しい」と頼んだら、芸人辞めるんだったら戻ると。僕は「わかった」と言ったものの、そんなつもりはないのはバレバレです。相変わらずコンビとして足を引っ張ってはいたけれど、僕なりの野望が出始めていたのです。何かやれば失敗ばかりの僕でも、相方の邪魔さえせずにうまくやっていれば、なんとかなる。賞レース優勝だって夢じゃない。
芸人を続ける代わり、同時に知人のリフォーム会社で正社員として働くことで、妻には理解してもらい、家に戻ってもらいました。深酒も遅刻もしなくなりました。そうしたら、その年末に初めてM-1決勝に進出。もちろんネタを書くのもしゃべるのも、相方ばかりですが、僕が足を引っ張ることは、少しだけ減ったのかな。
お金を使うのが怖い。
何かあったら今度こそすべて失いますから
最初のM-1決勝進出から、仕事は増えました。ふたりの仕事も、井口だけのピン仕事も、すべて折半にして、給料はふたり同じ。僕が最初にピンのCMのギャラを折半したときからのルールですから。
そして2022年、M-1で優勝。よく聞かれる賞金の使い道ですが、金欠のときにこっそり取り崩した子どもの定期預金を、補填しておきました。また、調子に乗って女性のいる飲み屋さんで、結構お金を使ってしまって。クレジットカードの限度額を上げて、それもまた限度まで使って、クレジットカードもキャッシュカードも妻に取り上げられました。
飲み代を除けば、ほかにお金を使うことはほとんどありません。服は妻が買ってきてくれるし、ブランドものやインテリアに興味があるわけでもない。キャンプを始めてから車を買おうかと考えたことがありましたが、事故ったり何かやらかしたら、今度こそすべてを失う。だから今は、お金を使うのが怖いんです。
太めのパンツも、体の前で手を握っているのも、
震えているのがバレないように
ウエストランドは、賞レースに出なくなった今も、新ネタをつくり続けています。でも僕は、セリフを覚えるのも練習するのも苦手です。相方がネタを書いて、それが舞台本番の2時間前に出来上がって、紙で渡される。僕のセリフなんて、短いからすぐ覚えられるはずなのに、それができない。で、舞台に出れば、やっぱり違える。相方にイジられる。笑いをとる…。
そんな僕を、相方は一度も怒ったことがありません。ネタをとばしたときも、かつて遅刻して出番に穴を開けたときも、です。僕と一緒に関係者に頭を下げて、謝ってくれて、ほんとうに優しいんです。そうは見えないですけど。そのぶん、舞台上の悪口で発散しているのでしょう。
こんな相方のお陰で、リフォーム会社に出る時間がなくなるくらい、仕事が増えました。キャンプという趣味もできました。けれど、なんだろう、この感じ。いつになっても不安がぬぐえないし、それどころかますます不安は大きくなる。成功している先輩に聞いたら、「この不安は一生ぬぐえないもの」だと。
ならば、不安を抱えながらも舞台に立ち続けるしかありません。今までは「無理せずに」やってきたけれど、多少の無理もしなくちゃならない。いや、緊張しぃの僕にとっては、舞台に立つこと自体が、もう十分無理している状態です。漫才のとき、太めのパンツをはいているのは、足のガクガクがバレないように。体の前で手を握っているのは、震えている手を押さえるため。こんな僕だから、芸人に向いていないと言われれば、そのとおりです。たまにリフォームの仕事に戻ると、ほんとうに楽しくて、こっちが進むべき道だったんじゃないかと思うくらいです。
でも、もう戻ることはできません。目立ちたいという思いで始まった芸人だけど、今は相方の足を引っ張らないように、調子に乗って余計なことを言わないように。そして遅刻をしないように。僕の役割をしっかりまっとうしながら。
そして目標は、ギャラを折半してもらわなくても、十分な収入が得られるようになること。でも今また、相方ひとりの仕事が増えているんですけどね…。(おわり)
芸人
河本 太
こうもとふとし/1984年生まれ、岡山県津山市出身。中学・高校の同級生だった井口浩之と2008年にコンビ結成。のちにタイタン所属。2013年4月に『笑っていいとも!』のレギュラーに抜擢。2012年から3年連続で『THE MANZAI』認定漫才師に選出される。2020年にはコンビ初の『M-1グランプリ』決勝進出を果たし、2022年に優勝して18代目王者に。2011年にスタートしたラジオ形式の番組「ウエストランドのぶちラジ!」は、YouTube、Podcast、audiobook.jpで配信中。2か月に一度、新ネタを披露する「タイタンライブ」に出演中。
○タイタンライブについて
○YouTube:ウエストランドのぶちラジ
○YouTube:Youtube ウエストランド 河本
○公式X:@west_kohmoto
撮影/高木亜麗
取材・文/南 ゆかり
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