「賽は投げられた」の正しい意味は?|由来や使い方を正しく知ろう | Domani 知ってる?「賽は投げられた」とは行動するしかないこと|由来や使い方も解説

Domani

働く40代は、明日も楽しい!

 

LIFESTYLE雑学

2021.11.18

「賽は投げられた」の正しい意味は?|由来や使い方を正しく知ろう

「賽は投げられた」は漫画や映画、ドラマなどで一度は耳にしたことがあるかもしれません。元は歴史上の人物、カエサルの言葉と言われています。どのような経緯でこの言葉が発せられたのか、またどのようなときに使うといいのかを類語や対義語などとあわせて解説します。

Tags:

「賽は投げられた」とは、もはや決行するしかないこと

【賽は投げられた:さいはなげられた】《(ラテン)Alea jacta est》事ここに至ったうえは、結果はどうなろうとも断行するほかはない。〔補説〕カエサルが、軍を率いてルビコン川を渡るときに言ったといわれる言葉。

(引用〈小学館 デジタル大辞泉〉より)

賽は投げられた

「賽は投げられた」とは、もはや決行するしかないことをたとえた言葉です。「さいはなげられた」と読みます。「賽」は「さい」と読み、サイコロを意味します。決意表明などの際に使われることが多い表現です。

小説や漫画のセリフや曲名や歌詞に用いられることも多く、耳にしたことがある人も多いでしょう。馴染みのある言葉ですが、実は由来は紀元前の古代ローマ時代まで遡ります。ここからは、賽は投げられたの語源について詳しく解説します。

古代ローマ時代にカエサルが言った言葉が語源

賽は投げられたは、古代ローマ時代の政治家であり軍人のカエサルが、追い詰められルビコン川を渡る際に放った言葉が由来とされています。簡単に逸話を紹介します。

数多くの功績により領土を拡大していたカエサルは、かつては協力しともに政治を統率していたはずのポンペイウスに出し抜かれ、追い込まれます。ポンペイウスはカエサルとの共通の政敵であった元老院と結託し、元老院はカエサルに軍隊を解いて本国への召喚を命じますが、カエサルは不当な命令としてこれを拒否

当時、ルビコン川はローマと他の領土の境界であり、武装を解かずローマ側に渡るのは禁じられていました。そのルビコン川を、カエサルは元老院側に宣戦布告をする意思をもって兵を率いて南下し、渡ったのです。

この時カエサルは、もう後戻りはできないという意味でラテン語の「alea iacta est(賽は投げられた)」という言葉を口にしたとされています。このことから、「賽は投げられた」という言葉は、後戻りできない状況で使われる言葉となりました。

「賽は投げられた」の使い方のコツと例文

賽は投げられたは「後戻りはできない」というという意味で使われる決意表明のような形で使われます。そのため、ビジネスシーンで使用されることが多いといえます。

賽は投げられた

「後戻りはできない」「やるしかない」といった状況で使うことを念頭に置きましょう。ここからは、「賽は投げられた」という言葉の詳しい使い方のコツと例文5つをご紹介します。

「後戻りはできない」「やるしかない」場面で使う

賽はもともと、博打で使うサイコロのことです。サイコロはインダス文明やメソポタミア文明といった紀元前の時代から使われていたとされています。宗教の儀式や占いに使われていましたが、やがてすごろくや賭け事に使用されるようになりました。

サイコロを振ると、その時点で占いの結果や掛け事の勝敗は決まるものです。賽は投げられたという言葉をそのまま解釈すると、「占いや勝敗を決めるサイコロは振られ、もう結果は出ている。それに従うしかない」という内容になります。

物事が進んでいてもう後戻りができない状況において覚悟を決めるような時、また決意が固まらず及び腰になっている人への励ましの言葉として使います。

「賽は投げられた」を使った例文5つ

賽は投げられたを使った例文のうち、覚悟を決めたというニュアンスでの使用例は次のとおりです。

・今回の取引は難しい問題も山積み、でももう賽は投げられている
・会社を辞め、独立開業する準備が整った。まさに賽は投げられたの心境。やるしかない。
・新事業のプロジェクトへの異動辞令が出た。ついに賽は投げられたということだ。

その他、問題を目の前に尻込みしている人に対して、「ここまできたらやるしかないよ」と後押しする使い方もあります。

・不安になる気持ちもよくわかるよ、でももう、賽は投げられたんだ。
・後ろを見たってしょうがない。賽は投げられたんだから、前を向いて

「賽は投げられた」の類語・言い換え表現と対義語

賽は投げられたと同じような意味の類語には、どんな結果も受け入れる「人事を尽くして天命を待つ」後はどうなっても良い「あとは野となれ山となれ」などが挙げられます。

賽は投げられた

また、言い換える場合は「始まったからには仕方ない」「事は進み始めた」といった表現を使うことが多いでしょう。

一方、対義語としては何もなかった状態に戻す「白紙に戻す」があります。ここからは、賽は投げられたの類語や言い換え表現、対義語についてそれぞれ解説していきます。

類語1:どんな結果も受け入れる「人事を尽くして天命を待つ」

「人事を尽くして天命を待つ」は、自分の全力をだしきったら、後のことは天命に任せるしかないという意味のことわざです。「人事」とは人間ができることのすべて、「天命」とは天の定めた運命ということ。

「賽は投げられた」は後戻りができない状況で「もうやるしかない」と覚悟を決めています。それに対して「人事を尽くして天命を待つ」はやるべきことをやり、その後の結果を委ねているので、状況がやや異なります。

さらに、両者ともに「どんな結果であれ受け入れる」心境ですが、「賽は投げられた」が若干切迫感を感じるのに対し、より前向きな印象を受ける表現です。

類語2:後はどうなっても良い「あとは野となれ山となれ」

「あとは野となれ山となれ」は、自分はできるだけのことをしたのだから結果は知ったことではない、ということのたとえです。後のことは知らない、という投げやりな態度や開き直った気持ちを表します。一方で、済んだことをうじうじと振り返らない潔さを、ポジティブに解釈されることもあります。

賽は投げられたには開き直るニュアンスはないため、注意が必要です。既にできることはやったという点に注目すると、人事を尽くして天命を待つの方が近い意味だといえるでしょう。

言い換え表現は「始まったからには仕方ない」「事は進み始めた」

「賽は投げられた」をことわざではなく日常的な言葉で言い換える場合は、「始まったからには仕方ない」、または「事は進み始めた」などと表現するとよいでしょう。「始まったからには仕方ない」には、少々諦めの感情や受動的なニュアンスが含まれます。

「事は進み始めた」は、もはや待ったなしの状況の中、やるしかないという意味です。ルビコン川を目の前にしたカエサルの心境と重なります。

対義語は何もなかった状態に戻す「白紙に戻す」

「賽は投げられた」の対義語は、以前の何もなかった状態に戻すという意味の「白紙に戻す」があてはまります。賽は投げられたが「もう戻れない」意味であるため、元に戻すことを表すこの言葉はちょうど反対の意味にあたります。

そこに至るまでの経緯をなかったとこととして捨て去って元に戻すため、安易な気持ちではなくそれなりの覚悟が求められる状況を表します。

「賽は投げられた」を使って決意表明してみよう

賽は投げられた

賽は投げられたは、もはや決行するしかないことを意味する言葉です。ドラマティックな表現でもあるため、小説やドラマなどにもたびたび登場します。

誰にでも「ここは頑張りどきだ」という状況があるはずです。ぜひ「賽は投げられた」という表現を使って、決意表明をしてみましょう。やるしかないという気持ちに完全にシフトできるはずです。

こちらの記事もたくさん読まれています

〝教養を身につける〟とは?【意味は理解していても、説明するのが難しい言葉】

Domaniオンラインサロンへのご入会はこちら

Read Moreおすすめの関連記事