やんごとないとは
お笑い芸人の「やんごとねぇ」というネタや、タイトルに「やんごとなき」と入った漫画・ドラマの流行もあり、言葉だけは聞いたことがあるかもしれません。やんごとないは「止む事無し」が一語化したものです。「止む事」が「無い」いわゆる「物事が終わることがない」ということから、元々は「捨てておくことができない」「放置できない」「やむを得ない」という意味です。そこから放っておくことができないような「大切なもの」「尊重すべきもの」「高貴である」という意味が生まれたといわれています。
古典作品での使われ方
日常生活ではなかなか耳にすることがない言葉ですが、古典作品や小説にはたびたび登場します。どのような使われ方をしているのか見ていきましょう。
捨てておけない、やむを得ない
「それはしも、やむごとなき事ありとて…」(『徒然草 いでや、この世に生まれては』)
現代語訳:それはまさに、やむを得ない用事がある…
身分が高貴である
「いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。」(『源氏物語 桐壺』)
現代語訳:それほど高貴な身分ではない人で、格別に帝からのご寵愛を受けていらっしゃる方がいた。
尊い、貴重だ、大切だ
「何ごとも忘るばかり思ふらむこそ、いとやむごとなけれ。」(『発心集 数寄の楽人』)
現代語訳:ほかのことは忘れてしまうぐらい没頭していることこそ、尊ぶべきことよ。
世間の評判が高い
「やむごとなき験者ども、めづらかなりともて悩む。」(『源氏物語 葵』)
現代語訳:世間の評判の高い修験者たちは、珍しいことだととても困惑しています。
並々でない、この上ない、格別である
「おぼえいとやむごとなく、上衆(じょうず)めかしけれど…」(『源氏物語 桐壺』)
現代語訳:世間の評判は並々ではなく、高貴な人らしい様子でしたが…
現代での使い方
現代では、ビジネスシーンなどでも耳にすることがあるかもしれません。どのような意味があるのか例文をあげて紹介します。
高貴な、由緒正しい
1:彼はやんごとない生まれなので所作に気品がある。
2:彼女はやんごとない方なので失礼のないようにしなくてはいけない。
3:本日の式典には、やんごとない方々がいらっしゃいます。
やむを得ない
1:やんごとない理由で会議を欠席せざるを得なかった。
2:やんごとない状況により呼び出され、休日出勤することとなった。
3:時間にうるさい彼が遅刻したのはやんごとない事情があったにちがいない。
やんごとないの類義語
やんごとないの類義語にはどのようなものがあるか、見ていきましょう。
よんどころない
よんどころないとは、そうするより仕方がないという意味です。漢字では「拠所無い」と表記します。「拠所」は「よりどころ」で、よりどころがない、つまり頼るものや支えにするものがない、ということから、どうにも仕方がないという意味で使われるようになりました。「やんごとない」のやむを得ないという意味と同じです。
〈例文〉
1:よんどころない事情で約束を変更してもらった。
2:彼がチームから外れるのはよんどころない理由があると聞いている。
のっぴきならない
のっぴきならないとは、身動きが取れず、どうしようもないという意味です。漢字では「退っ引きならない」と表記します。「のっぴき」とは「退き引き」の音便化したもので、退くことも避けることもできないということで、どうにもならない、どうしようもないという意味になりました。
〈例文〉
1:のっぴきならない事情で大事な商談を延期してもらった。
2:あの二人はどうやらのっぴきならない関係らしい。
「よんどころない」「のっぴきならない」どちらもどうすることもできないという意味ですが、「よんどころない」の方がビジネスシーンや改まった場で使うことが多く、また、書き言葉としてふさわしいでしょう。「のっぴきならない」は親しい間柄やカジュアルシーン、さらに身動きがとれなくなるほど追い詰められてどうしようもない、といったニュアンスで使われることが多いといえます。
なおざりにできない
なおざりにできないとは、いい加減にできない・放っておけないという意味です。なおざりの語源には諸説あるものの、そのひとつが「なお(直・猶)+さり(去)」。「なお」は「そのまま何もせずにいること」、「去り」は「遠ざける」という意味があるので「何もしないで放っておく」ということです。それができないということは放っておけない、ということです。
〈例文〉
1:少子化はなおざりにできない問題である。
2:お客様を怒らせないためにもクレーム対応はなおざりにできない。
畏(恐)れ多い(おそれおおい)
畏(恐)れ多いとは、貴人や尊敬する人などに対して、失礼になるので申し訳ない、自分にはもったいないという意味です。「畏(恐)れ多い」を使う相手は、自分よりもはるかに目上の方が妥当です。「やんごとない」の身分が高い、高貴な人は尊いという意味に近い言葉といえます。
〈例文〉
1:私が社長賞をいただくなんて畏れ多いことです。
2:そのようにおっしゃっていただけるなんて、恐れ多いです。
やんごとないの英語表現
やんごとないと似た意味を持つ英語表現にはどのようなものがあるのか、見ていきましょう。
noble
nobleには高貴な、高尚な、気高い、立派な、堂々としたといった意味があります。
1:There are many noble personalities from overseas attending today’s ceremony.
今日の式典には海外からやんごとない方々も多く出席されている。
2:He is of noble birth.
彼は高貴な家柄だ。
unavoidable
unavoidableには、避けることができない、やむを得ないという意味があります。
1:A certain level of sacrifice is unavoidable.
ある程度の犠牲はやんごとないことだ。
2:He was absent from today’s meeting, apparently due to unavoidable circumstances.
彼は今日の会議を欠席していたが、どうやらやんごとない事情があったらしい。
まとめ
「やんごとなき」は古語で、「身分が高い、高貴な、やむを得ない」などの意味を持ちます。日常生活ではあまり耳にしないかもしれませんが、ビジネスシーンでは使われることのある言葉です。使うシーンによって意味が異なるので、正しい使い方を覚えておきましょう。
執筆
武田さゆり
国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
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