職業などの社会的役割や、人間関係の中での役割。人種や文化的バックグラウンド。持っている目標や世界観や価値観。ひとりの人間でありながら、いろんな「顔」を持っており、私が意識している自分自身は、さまざまな分野の「顔」からなる複合体だと捉えることができます。
そして、自分をヘコませるような出来事が起きたとき、それは、自分の持つ「顔」のどれか特定のものに脅威を与えています。
「お父さん嫌い」と息子たちに言われたならば、それは家族の中での父親としての「顔」に対する脅威でしょう。一方で、学校にクレームをつけられてストレスになっているならば、それは、学校経営者としての「顔」に対するものかもしれません。
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自己肯定の力はフレキシブル
自分の心への脅威、ディフェンス型の適応、そして、多面的な心の「顔」。これらを使って、自己肯定理論の本質「ヘコみの外で自己肯定する」を、言い換えると以下のようになります。
心への脅威は、多面的な自分の1つの「顔」に対するもので、ディフェンス型の心の適応を避けるには、ほかの「顔」で自己肯定するといい。
例えば、仕事でヘコむ問題が起きたとしましょう。そんなとき、家に帰って、いつもと変わらない子どもたちと触れ合う中で、また明日頑張ろうという気持ちが起きる。
自己肯定理論によれば、ここで「ディフェンス型の心の適応」をせず、「頑張ろう」と思えたのは、自分の仕事の「顔」が脅威にさらされても、親としての別の「顔」で自己肯定ができたからということになります。
こうした自己肯定のメカニズムは、スタンフォードのスティール教授が自己肯定理論を提唱してから、続々と研究が積み重ねられ、いくつもの新事実が明らかにされてきました。
中でも、自分の生活習慣と健康リスクは注目を集めた研究テーマの1つです。自分の生活習慣に健康リスクがあると示されても、すぐに行動に移して習慣を変えられる人たちは一握り。自分だけは大丈夫だとか、その情報が当てにならないとか、しばらくの間は大丈夫だとか。
いろんな「言い訳」で、自分の生活習慣を変えなくてもいいように納得しようとディフェンス型の心の適応が働いてしまいます。そういった心の歪曲を抑えるのにもヘコみの外の自己肯定が効果を発揮します。
例えば、自分の長所や信じている価値について自分の考えを改めて書き留めてみたりして、自分の価値観を確認する作業をすると、ポジティブに健康リスクを受け入れる確率が2倍になり、さらに、より長い間その健康リスクに注意して行動するようになると言われています。
つまり、健康リスクというヘコみの外で、いつもの自分を確認する作業をすることで、健康リスクのヘコみ自体とポジティブに向き合うことができるのです。そしてそのおかげで、本当に健康リスクを避けることができるのです。
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長
星 友啓(ほし ともひろ)
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長。哲学博士。1977年生まれ。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。その後渡米し、スタンフォード大学哲学博士を修了。同大学の講師を経てオンラインハイスクールの立ち上げに参加。2016年より校長に。オンライン教育の世界的リーダーとして活躍。
公式サイト/https://tomohirohoshi.com
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