敬語は大きく3種類に分けられる
「行く」の敬語表現の使い分け方を理解するには、まずは敬語の基本的な考え方と分類を押さえる必要があります。尊敬語・謙譲語・丁寧語の説明と、最近新しく分類された敬語表現をそれぞれ紹介します。

(c)AdobeStock
相手を高める「尊敬語」
尊敬語は、相手または第三者を高めることによって敬意を表します。尊敬語の主語は相手または第三者になり、社内や親族の集まりなどで目上の人に対して使うのが一般的です。敬語にする言葉は主に以下の3パターンになります。
・動詞に付けてその行動を起こしている人を立てる:いらっしゃる、お~になる、~なさる、など
・名詞に付けてその所有者を立てる:(相手からの)お電話、(相手の)ご健康、など
・形容詞などに付けてその状態にある人を立てる:お忙しい、ご活躍、など
ただし、目上の人でも同じ部署の先輩などに対して尊敬語を使い続けるのは、距離感が遠すぎて相手に嫌な思いをさせるかもしれません。その場合は丁寧語を使います。
自分を低める「謙譲語」
謙譲語は、自分を低めることで相手を高める敬語です。謙譲語の主語は自分で、ビジネスシーンでは顧客に向けてよく使われます。
現在、謙譲語には2種類あります。「謙譲語Ⅰ」は、自分から相手や第三者に向かう行動・物事に使い、その向かう先の相手を立てるものです。
例)お目にかかる、申し上げる、(相手を)ご案内する、(相手への)ご説明
一方、「謙譲語Ⅱ」は、自分の行動・物事に使って、話や文章を伝える相手を立てるものです。
例)参る、申す
尊敬語と謙譲語は同じように動詞や名詞に使うので、判別しにくいこともあります。区別するポイントは、尊敬語が相手の行動・状態などに使う敬語であるのに対して、謙譲語は自分の行動・状態などに使う点です。
「謙譲語I」と「謙譲語II」の見分け方
2007年の文化庁による「敬語の指針」(文化審議会答申)において、謙譲語は「謙譲語I」と「謙譲語II」に分けられました。
謙譲語としてのベースは同じなので、使い分けが難しいと感じるかもしれません。謙譲語Iは「話題の主」が尊敬対象であり、謙譲語IIは話の「聞き手」が尊敬対象です。
・謙譲語I:(相手のところへ)伺う、(相手に)お目にかかる、など
・謙譲語II:(相手以外のところへ)参る、(相手以外と)お会いする、など
例えば、「私は明日から大阪のオフィスに参ります」といったとき、そのオフィスに話題の主がいれば謙譲語I、いなければ謙譲語IIということになります。
丁寧語
丁寧語は、表現を丁寧にすることで敬意を示す言葉です。上司や同僚などあまり相手を選ばずに使えるのが特徴で、尊敬語や謙譲語に比べると、ややくだけた言い方になります。
丁寧語は、文化庁の「敬語の指針」において2種類に分けられました。語尾に「~です」「~ます」を付けて、行動が向かう先の相手に敬意を表す「丁寧語」と、言葉の初めに「お~」「ご~」を付ける「美化語」に分類されます。
両方を合わせて丁寧語と呼ぶこともあります。「~ございます」は、やや改まった言い方で、謙譲語Ⅱと同じくらいの敬意を示す表現です。
「行く」の尊敬語・謙譲語・丁寧語と例文
「行く」の敬語には何通りもの言い方があります。一見すると分かりにくく感じるかもしれませんが、例文を参考に敬語の基本を踏まえれば、「行く」の尊敬語・謙譲語・丁寧語も理解できます。

(c)AdobeStock
「行く」の尊敬語と例文
「行く」の尊敬語は、「行かれる」「いらっしゃる」「おいでになる」の3パターンです。
尊敬語なので主語は相手であり、相手の行動を高めるときに使います。3種類の使い分け方は、相手に対する敬意の高さや距離感です。行かれる、いらっしゃる、おいでになるの順に敬意が高くなります。
・先日、先生がおいでになりました
・来週のパーティーには行かれますか?
・明日の午後に、お客様がいらっしゃいます
一般的に使われるのは「いらっしゃる」です。「行かれる」は軽めの言い回しで、目上の中でも特に近しい関係の人に使います。
一方、「おいでになる」は最も敬意の高い言い回しです。仰々しすぎると不快に思われないように、使う相手やシチュエーションを選ぶ必要があります。
いらっしゃ・る の解説
[動ラ五(四)]《動詞「いらせらる」(下二段)が変化して五段(四段)活用化したもの》
1 「行く」「来る」「居る」の尊敬語。おいでになる。「休日にはどこへ—・るのですか」「先生が—・った」「明日は家に—・いますか」
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用
おいで‐に‐な・る【▽御▽出でになる】 の解説
[動ラ五(四)]
1 「行く」「来る」「居る」の尊敬語。いらっしゃる。「日曜日は教会へ—・るそうです」「もう—・るころだろうとお待ちしておりました」「明日はお宅に—・りますか」
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用
「行く」の謙譲語と例文
「行く」の謙譲語には、「参る」「伺う」「上がる」などがあります。「伺う」「上がる」は「訪問する」の謙譲語なので、相手の家や会社などを訪問するときに使います。「行く」の謙譲語の使い方は、例えば次の通りです。
・もし不都合でなければ、ご自宅の方へ参ります
・それでは、明日の午後2時ごろにお伺いいたします
・今週の月曜日に、サンプルをお届けに上がります
謙譲語なので、動作の主語は自分です。自分の行動を低めることで、行動が向かう相手に敬意を表します。
まい・る〔まゐる〕【参る】 の解説
[動ラ五(四)]《上一段活用動詞「まいる」に「い(入)る」の付いた「まいいる」の音変化で、貴人のもとに参入する意が原義》
2 主として会話に用い、聞き手に対し、「行く」「来る」を、へりくだる気持ちをこめて丁重に表現する丁寧語。
(ア)「行く・来る」の先方が聞き手のところの場合には、その先方を敬いながら、「行く・来る」を丁重にいう。「明日、お宅へ—・ります」「御当地に—・って、はじめて知りました」
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用うかが・う〔うかがふ〕【伺う】 の解説
[動ワ五(ハ四)]《「窺う」と同語源。目上の人のようすをうかがいみる意から、その動作の相手を敬う謙譲語となる》
3 「訪れる」「訪問する」の謙譲語。「明朝、こちらから—・います」
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用
「行く」の丁寧語と例文
「行く」の丁寧語はあまりバリエーションがなく、「行きます」が一般的です。「行く」の語尾に「~ます」を付け丁寧に表現することで、その話を聞いている相手に敬意を示します。
ややフランクな敬語なので、社内で使うシーンが多い表現です。丁寧語の例文は次のようになります。
・私は先月のミーティングに行きました
・あなたは来週のセミナーに行きますか?
・先輩はさっき店舗の方へ行きました
丁寧語の主語は自分でも相手でも第三者でも構いません。また、敬意を向ける相手が目上の人でも目下の人でも幅広く使える言葉です。
間違えやすい表現もチェックしておこう
「行く」の敬語表現にはミスしやすい表現もあります。「来る」なのか「行く」なのか見分けにくい「いらっしゃる」「おいでになる」や、違いが分かりにくい「伺います」「参ります」は代表例です。正しい使い方を説明していきます。

(c)AdobeStock
「来る」と「行く」の敬語表現を使い分けるには?
「来る」と「行く」の尊敬語は、両方とも「いらっしゃる」「おいでになる」を使うので紛らわしい表現です。「来る」「行く」という反対の行動が同じ言葉で表されるのは、不思議に思うかもしれません。
これは「いらっしゃる」「おいでになる」が「居る」の敬語表現でもあるからだといわれます。時間軸を無視すれば、「来る」も「行く」もその地点に存在する(存在した)という共通点があるわけです。
「行く」は目的の場所へ向かうこと、「来る」は相手が話し手の場所に向かうことです。「いらっしゃる」「おいでになる」がどちらの意味になるかは、目的地や前後の文脈で見分けられます。
「伺います」と「参ります」の違い
「伺います」と「参ります」は、どちらも自分を主語にした謙譲語です。違いは、行動先の相手を立てるか、話を聞いている相手を立てるかという点になります。
自分が行く先の会社の人に対する敬語なら「伺う」、行く先に関係なく、上司などの聞き手に敬意を表すなら「参る」が適切です。
もし上の二つの条件がそろう場合、例えばこれから行く先の相手に話すときには「伺います」「参ります」の両方が使えます。同じような使い分け方をする言葉に「お目にかかる」と「お会いする」などがあります。
「行かせていただきます」は正しい敬語か?
最近は、「~させていただく」という表現がよく使われるようになりました。丁重な姿勢をアピールできる便利な言葉だと思われているのかもしれませんが、間違った使い方もよく見かけます。
本来、「~させていただく」とは、許可を得た場合に使われる謙譲語で、許可が必要ない場合に使うのは誤用です。
また、「~させていただく」は許可を与えた人への敬意を表す表現のため、許可を与えた人が自分の上司なら、その話を社外の人間に話すときは「~させていただく」という表現は避けるのがルールです。社外の人間に対して社内の人間を持ち上げた形になるためです。
間違った使い方でも、1回くらいなら丁寧さとして許容されるかもしれません。ただ、何回も使うと無礼に聞こえるので避けた方がよいといえます。
「行く」の敬語は関係性で使い分けよう

(c)AdobeStock
敬語の使い分け方は、立てる相手が誰かということと、相手との距離感・関係性で決まります。
敬語の基本は、相手の行動・状態を敬った言い方で持ち上げる「尊敬語」、自分の行動・状態を低めて相手に敬意を表す「謙譲語」、丁寧な表現によって敬意を示す「丁寧語」の3種類です。
「行く」の敬語もこの基本にのっとって使用しますが、この他に間違いやすいポイントもあります。
「来る」と「行く」の両方の意味を持つ尊敬語「いらっしゃる」「おいでになる」や、立てる相手で表現が変わる「伺います」「参ります」です。違いを覚えて、しっかり使い分けましょう。
メイン画像・アイキャッチ/(c)AdobeStock
あわせて読みたい