「敵に塩を送る」ということわざは、しばしばビジネスシーンでも使われます。一般的には、美談として知られる「敵に塩を送る」ということわざも、ビジネスシーンによっては、「お人好し」であるとか「人が良いにも程がある」といった解釈をする場合も。したがって、場面や状況に合った使用が求められますね。様々な場面を想定しながら使用例を紹介します。
「敵に塩を送る」の意味や由来
「敵に塩を送る」ということわざの意味は、敵が苦しんでいるときに弱みにつけ込まずに、苦境を救うことです。
【敵に塩を送る:てきにしおをおくる】
敵の弱みにつけこまず、逆にその苦境から救う。
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
ライバルを助ける美談の例として使われることもあれば、敵に塩を送ることが最終的に自分たちにとってメリットになるという教訓として使われることもあります。
続いて「敵に塩を送る」の語源について、さらに詳しく解説しましょう。
「敵に塩を送る」の由来は上杉謙信の逸話に基づく故事
「敵に塩を送る」の由来は、戦国時代の武将である上杉謙信が、敵将・武田信玄の領国である甲斐が塩不足に苦しんでいると知り、甲斐へ塩を送らせたという故事です。
現在の山梨県にあたる甲斐は海に接していないため、東海地方から塩を入手していました。しかし東海地方の武将・今川氏真(うじざね)が関東地方の武将・北条氏康(うじやす)と手を組み、甲斐への塩の販売を禁止する戦略を実行したのです。
困り果てた武田信玄のもとに、ライバルである越後の武将・上杉謙信から塩を適正な価格で販売するとの申し出があり、武田信玄は苦境を脱したという故事が残っています。この逸話から敵に塩を送るということわざが生まれたとされています。
この逸話については諸説あるため、次の章で説明しましょう。
逸話は創作なのか史実なのか?
上杉謙信が武田信玄に塩を送った逸話は史実ではないという説や、困窮している武田信玄に塩を高値で売りつけたのではないかという説もあります。
一方で、江戸時代の後期に頼 山陽(らい さんよう)がまとめた、『日本外史』の第十一巻『足利後記・武田氏上杉氏』には、上杉謙信が商人たちに命じて、武田領である甲斐に公正な価格で塩を販売させたという内容の文章が記載されています。
ただし戦国時代の逸話を江戸時代の後期にまとめたものであるため、これだけで史実と断定することはできません。しかし、敵に塩を送るということわざとして、現代でも使用されていることから、日本人の心を捉えた逸話であったことは間違いないでしょう。
「敵に塩を送る」の例文と使い方
「敵に塩を送る」ということわざはビジネスシーンでもよく使われます。「敵に塩を送る」ということわざは美談として広まりましたが、必ずしも良いこととしてのみ使われているわけではないため、注意が必要です。
- 我が社が保有する水素自動車に関する特許を、競合他社へ無償提供することは、一時的には「敵に塩を送る」行為と見えるだろう。しかし、日本の自動車業界全体の未来と、地球環境の保全にとっては英断であると信じている。
- 震災で体育館が倒壊したため、地区大会が迫る中バレーボール部の選手たちは練習ができなくなっていた。そのニュースを聞いたライバル校の選手たちは「敵に塩を送る」かのように合同練習を申し出た。
- テロ国家に指定された国への経済支援は、如何に人道的な理由とは言え「敵に塩を送る」ことになりかねないので慎重に検討すべきだ。
- これまで、出世競争をしてきた同僚が、近く実施される昇進試験について助言を求めてきた。「敵に塩を送る」気持ちで、自分の経験談と販売企画のアイデアを提供した。身近に良きライバルがいたからこそ、自分の成長があることを改めて認識した。
- 政権交代を実現するためには、無党派層の票の分散を防がなければならない。そのためには、対立してきた野党候補へ「敵に塩を送る」覚悟で、今回の衆議院選挙への出馬を断念した。国民のためには、政治家同士の連携が必要だ。
我が社が保有する水素自動車に関する特許を、競合他社へ無償提供することは、一時的には「敵に塩を送る」行為と見えるだろう。しかし、日本の自動車業界全体の未来と、地球環境の保全にとっては英断であると信じている。
マーケットにおいては、常に競合している企業同士であっても、市場そのものが拡大しなければ、投資した莫大な開発費用が回収できないことにもなりかねません。そのため、特許を独占するより競合他社に無償提供することで、市場の拡大を優先する場合もあります。
「敵に塩を送る」というのは、将来の利益を得る戦略です。また、環境問題に積極的に取り組む姿勢を示し、企業のイメージを向上させ得る効果も期待できます。
震災で体育館が倒壊したため、地区大会が迫る中バレーボール部の選手たちは練習ができなくなっていた。そのニュースを聞いたライバル校の選手たちは「敵に塩を送る」かのように合同練習を申し出た。
たとえライバル校に勝利したとしても、実力を十分に発揮できない状態のライバルに勝利しても、真の勝利とはいえないかもしれません。窮地に陥った敵に塩を送り共に練習をして対戦すれば、同じ条件となるでしょう。これこそ、スポーツマンシップに則った美談にもなりますね。
テロ国家に指定された国への経済支援は、如何に人道的な理由とは言え「敵に塩を送る」ことになりかねないので慎重に検討すべきだ。
紛争によって荒廃した国への経済支援は、国際的な平和活動としては必要ではあります。しかし、その経済的な支援が新たな武器調達や武器へ転用されることになれば、本来の支援目的が失われる可能性も。悩ましい問題ではありますね。
これまで、出世競争をしてきた同僚が、近く実施される昇進試験について助言を求めてきた。「敵に塩を送る」気持ちで、自分の経験談と販売企画のアイデアを提供した。身近に良きライバルがいたからこそ、自分の成長があることを改めて認識した。
スポーツ界ではよく見られることですが、良きライバルがいることで強くなれる選手がいます。仕事においても、互いに切磋琢磨することで成長し、部署や会社へも貢献できるのではないでしょうか? ライバルであっても「敵に塩を送る」ことで、新たな人間関係が生まれるかもしれません。
政権交代を実現するためには、無党派層の票の分散を防がなければならない。そのためには、対立してきた野党候補へ「敵に塩を送る」覚悟で、今回の衆議院選挙への出馬を断念した。国民のためには、政治家同士の連携が必要だ。
政権交代を叫びながら、野党同士が票を奪い合う光景はよく目にします。時には敵に塩を送り、団結することも必要ではないでしょうか?
「敵に塩を送る」の類義語3つ
「敵に塩を送る」には、いくつかの類義語があります。ここでは、そのうちの3つの意味と例文を紹介します。どれも、ビジネスシーンでも使われることのある語句です。どんなシチュエーションで使うのかも含めて覚えておきましょう。
呉越同舟(ごえつどうしゅう)
「呉越同舟」とは、敵味方が同じ場所に居合わせること、もしくは敵対していながら、同じ目的や利害のために協力し合うことを意味する語句です。
中国の兵法書『孫子』の中の逸話が由来になっています。春秋戦国時代に敵対していた呉の国の人間と越の国の人間が同じ船に乗り合わせて、その船が嵐にあった時に協力して危機を脱したという内容です。
ビジネスで使う場合には、ライバル関係にある会社同士が協力し合うときに使います。もともと協力関係にある場合には使わないほうがよいでしょう。
例文
・ライバル関係にある自動車メーカーが、呉越同舟で自動運転の技術を開発することになった。
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