「おかし」という形容詞は、明るく楽しい心の動きを表現するのに適しているといえるでしょう。
平安時代ではさまざまな感性を表す
「いとおかし」という表現は、平安時代を代表する源氏物語の中にも登場しています。
古文:「小さきは、走り来て、あからさまに抱き起す。「をかしの御髪や」と見て、尼君、髪をかき撫でつつ、「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。」と、いみじう泣くを見給ふも、すずろに悲し。」
現代語訳:「(光源氏が垣間見た中に、)小さな女の子が走って来て、(病気の)尼君をさっと抱き起こしました。「かわいらしい髪ですね」と思って見ていると、尼君がその子の髪をなでながら、「髪を梳くのを嫌がりますけれど、本当にかわいらしい髪ですね。とても弱々しくいらっしゃるのが、気の毒で心配です。これくらいの年になれば、もっとしっかりしている人もいるのに」と言って、ひどく泣いているのをご覧になるにつけても、なんとも言えず悲しく思われた。」
若紫の章には「をかしの御髪や」という表現がありますが、ここでは髪の美しさを描写する形容詞として「をかし」が使われています。
「春はあけぼの」から始まる枕草子の一節では、季節ごとの情景が描かれています。
古文:「夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ、ひとつふたつなど、ほのかにうち光りてゆくもをかし。雨など降るもをかし。」
現代語訳:「夏は夜がいいわ。月が出ている頃は、言うまでもなく素晴らしい。いや、月が出ていない闇夜でも、なお、たくさんの蛍が飛び交っているのは趣があっていいものだ。また、ただ一匹、二匹と、かすかに光って飛んでいくのも趣がある。雨などが降るのも趣がある。」
この「をかし」は、ほのかに光る蛍や夏の雨に「風情がある」「趣がある」ことを指しているのです。
「いとおかし」はどんな場面で使われる?
続いて、現代の言葉に例えながら「いとおかし」が使われる場面を説明します。

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感動やかわいいと感じたときに使える
枕草子にはおかしという表現が頻繁に出てくることから、「おかし(をかし)の文学」とも呼ばれています。おかしは身の回りの何かを「いいな」「面白いな」と思ったときに、使いやすい便利な表現なのです。
「ここから見える夜景はいとおかし」「我が家の猫はいとおかし」など、自然の美しさに感動したときはもちろん、かわいらしいものを見たときにも使えます。

現代で近い言葉は「やばい」「エモい」
驚いたときや嬉しいときなど、つい「やばい」と口にする人もいるのではないでしょうか。おかしを現代語に置き換えると、「やばい」「エモい」などが近いともいわれています。
エモとは「感情的な」という意味を持つ英単語「emotional」の略であり、感情が動かされたときに使われる表現です。

広い意味での感動を意味するおかしと同様に、心の動きを言い表す言葉といえるでしょう。
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私たちが何かを「かわいい」「すてきだ」と感じたときに出る「やばい」「エモい」と同様の感覚で、平安時代の人たちは「いとおかし」を使っていたのかもしれません。よく利用する現代語に例えることで、古語も身近に感じられるのではないでしょうか。
【Domani編集部の体験談】「いとおかし」と感じる場面は?
「いとおかし」という表現は、なかなか現代の会話で使われることはありませんが…もし平安時代の人なら「いとおかし」と表現するだろうなとDomani編集部のメンバーたちが感じたエピソードを紹介します。
【episode1】子どもの愛らしい姿と行動に「いとおかし」と感じる

【episode2】日常の心和む一コマに「いとおかし」と感じた経験

「いとおかし」への返し方
「いとおかし」は平安時代の言葉なので、現代の日本語でこの言葉への返し方は決まっていません。もし誰かが冗談や比喩としてこの言葉を使ってきたら、その場の状況や相手との関係性に合わせてユーモアを交えて返すといいでしょう。
例文
・それはまた風流なことで
・清少納言みたいだね
「いとおかし」の類語
「いとおかし」の類語には、古語の「あはれ」や現代語の「趣がある」が挙げられます。
「あはれ」
「もののあはれ」ともいうように、平安時代の美しさを表すもうひとつの言葉が「あはれ」です。現代仮名遣いでは「あわれ」と表記され、おかしと同様「趣がある」と訳されますが、それぞれ異なるニュアンスを持っています。
あわれには「しみじみとした趣」などの意味があり、もの悲しく寂しい気持ちを表現するときにも用いられるのです。面白いという意味を含むおかしと比較すると、より切なく情緒的なイメージがあるといえるでしょう。
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同じ意味を持つ言葉といっても、おかしには明るくライトな雰囲気があります。ポジティブな褒め言葉としては「おかし」を、しみじみと情緒的な美には「あわれ」を使うとよいでしょう。
「趣がある」
「趣がある」は、風景や季節の移り変わり、物事の様子など、しみじみと心惹かれる美しさや味わい深さを表現したいときに使う現代語表現です。
よくある質問
「いとおかし」という言葉に関して、よくある質問とその回答を紹介します。
Q. 「いとおかし」の意味を簡単に教えてください。
「いとおかし」は平安時代の言葉で、現代語では「とても趣がある」「たいそう風情がある」「非常に愛らしい」といった意味になります。
Q. 「いとおかし」と「エモい」はどう違いますか?
「いとおかし」は、自然の風景や日常生活の中にある、上品な美しさや風情、または愛らしさに対して使われます。穏やかで、かみしめるような感動を表す言葉です。
一方「エモい」は特定の風景や音楽、瞬間などに対して、懐かしさ・切なさ・感動といった、言葉では表現しにくい複雑な感情が心に湧き上がる様子を表します。
Q. 「いとおかし」は今でも使えますか?
「いとおかし」は、現代の日常会話で使うことはほとんどありません。ジョークめいた言い回しなら使えるかもしれませんが、相手によっては意味が通じないこともあるでしょう。
最後に
- 「いとおかし」は平安時代の言葉で「とても趣がある」「たいそう風情がある」などの意味を持つ
- 自然や日常生活の中にある上品な美しさ・風情・愛らしさに対して使われる
- 現代語では特定の風景や音楽、瞬間に対して懐かしさ・切なさ・感動を表現する「エモい」が近い
「いとおかし」は現代の日常会話で使うことはほとんどありませんが、その言葉が示す感覚は現代の私たちでも感じる場面が多いものです。「いとおかし」は、自然の風景やふとした日常の中にある、しみじみとした美しさ・風情・愛らしさを示す古語表現です。
現代の言葉では「とても趣がある」「非常に風情がある」「たいそう愛らしい」のほか、「エモい」という若者言葉が類似しています。ただし、「いとおかし」は穏やかで内省的な感動を表す言葉であるのに対し、「エモい」は懐かしさ・切なさ・感動といった言葉では表現しにくい複雑な感情が心に湧き上がる様子を示す点が異なります。
これからはぜひ、古語も新しい言葉も大切にしながら、自分の感情を表現してみてはいかがでしょうか。
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Domani編集部
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