平安時代ではさまざまな感性を表す
「いとおかし」という表現は、平安時代を代表する源氏物語の中にも登場しています。
若紫の章には「をかしの御髪や」という表現がありますが、ここでは髪の美しさを描写する形容詞として「をかし」が使われています。
「春はあけぼの」から始まる枕草子の一節では、季節ごとの情景が描かれています。
「夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ、ひとつふたつなど、ほのかにうち光りてゆくもをかし。雨など降るもをかし。」
この「をかし」は、ほのかに光る蛍や夏の雨に「風情がある」「趣がある」ことを指しているのです。
「あはれ」との使い分け
「もののあはれ」ともいうように、平安時代の美しさを表すもうひとつの言葉が「あはれ」です。現代仮名遣いでは「あわれ」と表記され、おかしと同様「趣がある」と訳されますが、それぞれ異なるニュアンスを持っています。
あわれには「しみじみとした趣」などの意味があり、もの悲しく寂しい気持ちを表現するときにも用いられます。面白いという意味を含むおかしと比較すると、より切なく情緒的なイメージがあるといえるでしょう。
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同じ意味を持つ言葉といっても、おかしには明るくライトな雰囲気があります。ポジティブな褒め言葉としては「おかし」を、しみじみと情緒的な美には「あわれ」を使うとよいでしょう。
「いとおかし」はどんな場面で使われる?
いとおかしは、同じ美を表すあわれと比べると感覚的に使われる表現です。現代の言葉に例えながら、いとおかしが使われる場面を説明します。
感動やかわいいと感じたときに使える
枕草子にはおかしという表現が頻繁に出てくることから、「おかしの文学」とも呼ばれています。おかしは身の回りの何かを「いいな」「面白いな」と思ったときに、使いやすい便利な表現なのです。
「ここから見える夜景はいとおかし」「我が家の猫はいとおかし」など、自然の美しさに感動したときはもちろん、かわいらしいものを見たときにもおかしが使えます。「おかし」という形容詞は、明るく楽しい心の動きを表現するのに適しているといえるでしょう。
現代で近い言葉は「やばい」「エモい」
驚いたときや嬉しいときなど、つい「やばい」と口にする人もいるのではないでしょうか。おかしを現代語に置き換えると、「やばい」「エモい」などが近いともいわれています。
エモとは「感情的な」という意味を持つ英単語「emotional」の略であり、感情が動かされたときに使われる表現です。広い意味での感動を意味するおかしと同様に、心の動きを言い表す言葉といえるでしょう。
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私たちが何かを「かわいい」「すてきだ」と感じたときに出る「やばい」と同様の感覚で、平安時代の人たちは「いとおかし」を使っていたのかもしれません。よく利用する現代語に例えることで、古語も身近に感じられるのではないでしょうか。
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