悪銭身に付かずの意味
「悪銭身に付かず」は、「あくせんみにつかず」と読みます。「悪銭」とは盗みや博打(ばくち)などで不正に手に入れた金のこと。真面目に働くことなく、苦労をせずに手に入れた金はすぐになくなってしまう。金は額に汗して稼ぐものだ、という教訓を含んでいます。
質の悪いお金を意味する鐚銭(びたせん)も悪銭ですが、これは「悪銭身につかず」の悪銭には含みません。ちなみに鐚銭とは、室町時代中期から江戸時代初期にかけて、永楽銭以外の銭として鋳造された粗悪な通貨のことです。
悪銭身に付かずの語源
はっきりとした文献による語源はありません。しかし、1948年(昭和23年)に未完のまま絶筆になった太宰治の『グッド・バイ』には次のような記載があります。
闇商売のお手伝いして、いつも、しこたま、もうけている。けれども悪銭身につかぬたとえのとおり、酒はそれこそ、浴びるほど飲み、愛人を十人ちかく養っているという噂
また、江戸時代には「こいつあ春から縁起がいいわえ」という科白(せりふ)で有名な『三人吉三廓初買』(さんにんきちさくるわのはつがい)という歌舞伎の演目があります。その序幕で
もし悪銭は身に付かずとはよく申したもの、僅二月たつかたたぬにみな耗(す)ってしまひました
(悪銭身に付かずとはよくいったもの、わずか二月くらい経つか、経たないうちにみんななくなってしまいました)
とあります。よって、少なくとも江戸時代には使われていた言葉といえるでしょう。
悪銭身に付かずの使い方
「悪銭身に付かず」はどのようなシーンで使えばよいのか、例を挙げて紹介します。
1:彼は会社の金を横領したというが悪銭身に付かずで、逮捕された時はほとんど無一文だった
2:競馬で大穴を当てたところで悪銭身に付かずだ。いずれなくなるさ
3:パチンコで勝ったといってまたパチンコにつぎ込んで結局なくなったのか。まさに悪銭身に付かずだな
4:宝くじで100万円当たったが、悪銭身に付かずで、みんなにおごっていたらすぐなくなってしまった
ここで、皆さん、疑問に思いませんか? 競馬、パチンコ、宝くじは不当に得た金ではなく、あくまでも合法手段によって得たもの。しかし、前述したように「悪銭身に付かず」という言葉には「金は額に汗して稼ぐもの」という教訓を含んでいるので、苦労して働いて得たお金ではないとして「悪銭」にみなされるのです。
悪銭身に付かずの類義語
悪銭身に付かずの類義語にはどのようなものがあるのか見ていきましょう。
1:泡銭(あぶくぜに)身に付かず
読んで字のごとく、泡のような金のことです。正当な労働で得たものではなく、苦労しないで得た金。かつて、バブル時代と呼ばれた時期がありました。株価や地価が高騰し、まさに泡銭で好景気に沸いていた時期。しかし、ほどなく崩壊。泡がはじけるように、それまでの好景気はなくなってしまったのです。まさに、「泡銭身に付かず」です。
2:人垢(ひとあか)は身に付かぬ
他人から奪い取ったものは一時的にしか自分の物にならない、という意味です。他人の垢で汚れた湯に入っても、その垢は自分にはつかないことから来た言葉です。「悪銭身に付かず」のすぐになくなってしまう、という意味とは少しずれますが、自分の物にならないという点では同じといえます。
悪銭身に付かずの対義語
「悪銭身に付かず」の対義語にはどのようなものがあるのか、見ていきましょう。
1:正直の儲けは身に付く
うそ偽りのない、正しい労働の対価としての儲けはその人のものとなり、貯まっていくという意味です。苦労しないで手にしたお金というものは、気持ちが大きくなってギャンブルなどに使い、すぐになくなってしまいがち。しかし、汗をかいて稼いだお金は、もったいないので粗末には扱えません。他人や社会の役に立つことに使うか、あるいは貯金などして大切にします。「正直の儲けは身に付く」とは、そのようなお金のことを表現したことわざです。
悪銭身に付かずの英語表現
悪銭身に付かずの英語表現にはどのようなものがあるのか、見ていきましょう。
1:Ill got, soon spent.(不正なお金はすぐなくなる)
2:Easy money is easy to spend.(楽に手に入れたお金はすぐなくなる)
3:Easy come,easy go.(楽して手に入れたものは簡単になくなる)
4:Lightly comes, lightly goes.(楽して手に入れたものは簡単になくなる)
英語のことわざとしてよく用いられるのは3の「Easy come,easy go.」ですが、ここに使われているeasyにはお金に限らず、チャンスなど広い意味も含まれます。「不正」というニュアンスもありません。
4の「lightly comes, lightly goes」という英語表現も先に述べた「Easy come, easy go」と同じような意味になります。「lightly」は「簡単に」との意味があり「簡単に手に入るものは簡単に出ていく」ことを表現しています。
両者とも、あくまでも「楽をして簡単に」手に入れたお金という意味合いです。多くの場合、「簡単に手に入ったものなのだからなくなっても仕方がない」と自分自身で開き直ったり、誰かを励ましたりするときに使われます。
執筆
武田さゆり
国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
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